2009年 06月 04日
宇美八幡宮
雑餉隈からバスに揺られること25分、宇美につきます。
歩いて2分、宇美八幡宮の巨大な樟が遠目にも見えてきました。

宇美八幡宮は古事記に「その御子生み給える地を、宇美とぞ謂いける」とあるように、神功皇后が新羅から帰国して、この地で後の応神天皇をお生みになったとされているところです。
生み、が宇美になったのです。
その故、今でも安産の神様として篤い信仰を集めています。


本殿
ちょうどお宮参りの家族にであいました。
ここではありきたりの光景でしょう。
きっとこの家族も赤ちゃんの安産を祈り、次に出す「子安の石」を持ち帰り、そして、出産の後また奉納したのでしょう。

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子安の石
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神功皇后が応神天皇を安産でおうみになったというところから、石を預かって帰り、無事出産の後はその石ともう一つ別の石に、生まれた子の名前などを書いて奉納するという習慣ができました。
夥しい石が積まれています。たしかに名前などがはっきり書かれています。
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しかし、なんといってもこの宇美八幡宮で特記すべきものは・・・
巨大な樟!
中でも、「湯蓋の森」「衣かけの森」と呼ばれている2本の楠は圧巻です。
「湯蓋の森」
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人と対比させても、どれほどのおおきさかお分かりのことと思います。
この木は、神功皇后が応神天皇をお生みになった時、この木の下で産湯を使っていると、枝葉が繁って湯船の上に蓋のようにかぶさったのでこう呼ばれるようになったと伝えられ、「湯蓋の森」と呼ばれています・
森、とは普通木がたくさんあるから≪森≫なのでしょう。が、ここでは一本の木で≪森≫です。
しかし、ここでは、一本の木で≪森≫と呼ばれることに、全く違和感を感じさせない存在感があります。
古事記の記述をそのまま信じて、この木の樹齢を2000年とする説もあるようですが、その説もむべなるかな・・・と思わせる迫力があります。今でも青々と繁っている様は本当にすごい!!としかいいようがありません。


衣かけの森
衣かけの森とは神功皇后が応神天皇をお生みになる時、着ていた衣をかけたとされる木です。
あまりにも大きすぎて私のカメラでは収め切れませんでした。
大正 13 年に天然記念物に指定されています。
ここまでくると、単なる一本の樟の木ではありません。注連縄が張り巡らされて、たしかに、たしかに、≪神域≫・・・神様、これは、≪神様≫・・・と静かに納得してしまいました。
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産湯
応神天皇が産湯を使ったとされる場所。
今でも湧き水が出ています。近くの山からの伏流水がこんこんと湧き出ています。
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by mimishimizu3 | 2009-06-04 22:35 | 福岡


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