2010年 10月 19日
糸車の思い出
窓辺に、糸車が無造作に置かれてあった。
あたかも、本や糸巻きとともに、邪魔なものをとりあえずそこにおいておこうとでもいうように・・・
窓の外にはコスモスが揺れ、のどかで静かな秋の日だった。
古い日本の民家を移築し、観光用に人々に見せているその家の窓の糸車を見たとき、私は懐かしさで胸がしめつけられるようだった。

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もうどのくらいの年月が経ったのだろう。多分四半世紀も昔のことになるだろうか、私は一時期、手仕事に熱中した時があった。洋裁、刺繍、毛糸の手編み、さまざまな手仕事は、けっして上手ではないと自分でわかるものだったが、作り上げる楽しさは格別のものがあった。
そんな時、やはり手仕事の好きな友人がいて、私など足元にもおよばないさまざまなものを作っていた。
特に彼女の毛糸編みは玄人はだしだった。
あるとき、彼女は私に言った。
「羊を一頭、毛を刈ったままのものを買うんだけど、あなたも少し要らない?セーター一枚分ぐらいなら分けてあげてもいいわよ」
私はそのとき、その意味がよく理解できなかった。
詳しく聞くと、刈り取ったままの羊の毛を自分で洗い、糸車にかけて縒って糸にし、その糸でセーターを編むということだった。もちろん染色などしない、つまり羊の色そのままのセーターを作るのだ。
そんな面白いことが体験できるのか・・・、私は大喜びでその話に飛び乗った。

刈り取ったままの羊の毛は、文字通り鼻をつまむほど臭く、その上、よだれと汗と泥と糞と食べかすの草などもまじり、べとべとしていた。庭にたらいを持ち出し、それをぬるま湯で丁寧に何度か洗い、油分が少し残る程度にしてから影干し、乾かしてから糸車にかける。糸車は快く貸してくださった。

初めての糸車は簡単そうに見えても結構むずかしく、回す勢いで太くなったり細くなったりした。「まわれ、まわれ糸車・・・」そんな歌を口ずさみながら、私は楽しんで糸車を回した。

糸になって、さてセーターに編もうという段になって私ははたと気がついた。もっとも太いところでは約1センチもあろうかというところと、細いところでは数ミリしかない糸ではゲージが取れないのだ。ゲージが取れなくて、目分量でセーターを編めるほど、私には経験もないし腕もない。
私は困ってしまい、彼女に相談した。
答えはいとも簡単だった。市販の、もちろん太さが均一している糸を何段目かに数段入れ、ゲージをある程度一定にすればいいのだ。
私は市販の白い糸を買ってきて、10段目ごとに2段入れた。
結果的にそれは横縞模様になり、いいアクセントになったと思う。

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私に糸車を貸してくれた友人はその後この地を去っていった。何年かは年賀状のやり取りもあったが、いつのころからか音信も絶えた。
手先が器用で、手仕事の上手だったあの人は今、どこにいるのだろう。
今でも元気に手仕事をしているだろうか・・・
そして、あの糸車は今でもあるのだろうか。

コスモスが揺れる窓辺にあった糸車をみつめ、私は遠い昔をしばしなつかしく思い出していた。

by mimishimizu3 | 2010-10-19 06:11 | エッセイ


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