2011年 04月 24日
山椒の花
山椒という木は、苗を買ってきて何度か植えたけれど、そのたびにいつの間にか消えてしまい根付かなかった。
狭い裏庭は日当たりも悪く、水はけも悪いから仕方がないのだろうとあきらめ、すっかり山椒のことは忘れていたのだが、数年したある年の春、ふと、植えたはずのない山椒が青々と芽吹いていることに気づいた。
何年か前に植えて、消えてしまったと思っていた根が地下では生きていて、新しく芽を出したのだろうか、それとも鳥の置き土産か何かの拍子に、我が家の裏庭にそっと新しい命をはぐくんでいてくれたのだろうか。そう思うとちょっと楽しくなり、私は時々その山椒を気遣っていた。

それから山椒の木は順調に成長し、今年、ふと見ると小さな花をつけていた。
初めて見る山椒の花はかそけく、弱々しそうに見えた。花が咲いたのだから、ここから実もなるのだろうか・・・そこまで考えが及んだとき、私はあっと声を上げた。
山椒の種・・・・
突然、遠い、遠い日、私はたしかに、たしかに山椒の種をみたことがあったのを思い出した。私の手に、山椒の種を数粒落としてくれた人があったのだ。
S君の顔が鮮やかに浮かんだ。
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S君と私は高校で同じクラスだった。
私は背が低く、朝礼などで並ばされるときはいつも最前列だった。 そして、男子の最前列は、いつも、私と背の高さもあまり変わらないS君だった。

ある日、やはり朝礼などで、校庭に並ばされて、まだ先生は来ず、全員ががやがやとざわついている時だった。私は何をするでもなく、誰かとおしゃべりをするでもなく、ぼんやりと足元を眺めていた。
そのとき、隣に並んでいるS君がポケットから紙に包んだ小さな黒いものを取り出し、私に話しかけてきた。
「これ、なんか知っているか?」
私はきょとんとして、黒い小さな粒を見つめた。初めて見る黒い粒は、なにか得体の知れない不気味なもののように私には思われた。
「山椒の種だよ。山椒は小粒でピリリと辛いという、山椒だよ」
S君はさりげない風でそういって、私の手にその種を数粒落としてくれた。
私は、ただ「ふーん」といってその小さな粒をながめた。すぐに式が始まり、私はそれきりその種のことは忘れてしまい、種もどこかに消えていった。

S君は大きな黒目がきらきらと光る、いわゆる「紅顔の美少年」という言葉がぴったりの顔立ちだった。勉強も良くしていたようで、成績も抜群だった。おそらくクラスで1番の成績をいつもキープしていたのではあるまいか。
休み時間もあまり仲間と遊ぶこともせず、一人でいることが多かったように思う。

山椒の種のことがあってしばらくして、期末テストがあった。
私は数学が大の苦手で、授業にもついていけていなかった。試験のとき、私はまったくわからず途方にくれた。
「赤点」「落第」その言葉が私の頭の中で鳴り響き、私はいたたまれない、泣きたいような気持ちになり、思わず、ふーと大きなため息をした。同時に何気なく隣の席のS君のほうを見た。まったくの偶然だとは思うが、その時S君も私のほうを見た。二人の目が一瞬あった。
お互い、すぐに目をそらしたが、そのあとS君がさりげなく、解答用紙を机の端に出してきたのを私は知った。それは私に見えるように、私に、教えるようにしているのだとすぐにわかった。私は教師の目を盗みながら、S君の解答用紙をちらちらと眺め、同じものを自分の解答用紙に書き込んでいった。
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試験が終わっても、私は何事もなかったようにすましていた。S君も別に何も言わなかった。私たちは、特別に話したり、特別な感情を持つこともなく、卒業した。S君が卒業後どんなコースに進んだのかさえ、私は知らず、もちろん音信もなかった。

山椒の花を見て、そんなS君が私の胸にいきなり甦ってきたのだ。

S君は卒業後、どんな人生を送ったのだろうか。
背の低い自分を、「山椒は小粒でぴりりと辛い」と山椒になずらえて、人生の荒波を乗り切っていったのだろうか。

半世紀近くたって、私は、涙があふれそうなほど切なく、遠い昔を思い出した。
あの時、S君はどんな思いを込めて、山椒の種を私にくれたのだろうか。
今、私はそのことを考える。でも、あの時は・・・何も思わず、何も感じず、ただ、「ふーん」とだけいっただけの私だった・・・

S君に会いたい!その思いが私の胸に突き上げてきた。
S君は元気だろうか。どんな人生を送り、今、どこでどんな生活をしているのだろうか・・・・
そして、私は、雷にでも打たれたように思った。
あのときのカンニングのお礼を言わなければ!!・・私はお礼も言ってなかったのだ!

山椒の花はそんな私を慰めるかのように、夕日の中でしずかにほほえんでいた。

by mimishimizu3 | 2011-04-24 09:14 | エッセイ


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