2011年 05月 01日
大宰府政庁跡
「都府楼跡」とも呼ばれる大宰府政庁跡は、奈良時代「遠のみかど」と呼ばれた役所でありました。

今、礎石だけが残り、公園として整備され、昔の面影をしのぶことができます。

そこに立ってみると、1400年前と変わらない風が吹き、雲が流れてゆきます。
きらびやかな衣装をまとった官人たちが行きかい、さまざまなドラマがあったことでしょう。
そんな人たちの声が聞こえてくるような気がする、何年かに一度は訪れてみたくなる場所です。


回廊跡
礎石のいくつかはホンモノで、いくつかはレプリカです。
どれがホンモノで、どれがレプリカか、ちょっと区別がつきません。
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礎石で遊ぶ女の子
この子はこの石が1400年前のものと知っているのでしょうか・・・・
この礎石は多分ホンモノ。
大人になったとき、歴史の勉強できっと、ああ、あの場所か・・・と、幼いころ遊んだことを懐かしくおもいだすことでしょう。

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近くには官吏として赴任していた山上憶良の歌碑もあります。
有名な歌ですから、ご存知の方も多いでしょう。
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瓜食(はめ)ば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲(しぬ)はゆ いづくより 来たりしものそ
まなかひに もとな掛かりて 安眠(やすい)し寝(な)さぬ

反歌
銀(しろかね)も金(くがね)も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも

(遠い出張先で)瓜を食べれば、子供が思い出される。栗を食べれば、まして偲ばれる。
いずこからやって来たものだろうか、面影がしきりに目の前にちらついて、熟睡できぬ。

銀も金も珠玉もいったい何になるのだろう
それより遥かに勝っている宝の子供に及ぶだろうか
(・・・いや、及ぶはずがない)。

いい歌ですね。

by mimishimizu3 | 2011-05-01 10:48 | 福岡


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