2011年 12月 29日
年末にあたって   生と死をみつめて
今年もあとわずかとなりました。
この一年を振り返ってみると、3:11の東日本大災害があり、日本中の人々が、いやおうなく生と死を考えさせられた年でした。今年を表す漢字一字には「絆」という文字が選ばれたそうですが、2番目には「災」があがっていたとか。

個人的には、私にとって、この一年はまさに「災」の年でした。
このブログではカミングアウトしませんでしたが、2月には大きな怪我をして、3日間入院、手術。幸い、手術も成功し、怪我はまったく元通りに直ったのですが、8月ごろから、どうも体調が思わしくなく、病院にいったところ、さまざまなことがありましたが、結果的に、思いもかけない大きな病名が告げられました。着の身着のまま即入院、入院生活は45日間にも及びました。
息子たちが文字通り、飛んでやってきて、お母さんにはパソコンが必要と、個室であったことを幸い、家から私のパソコンを病室に持ち込み、無線ランでつないでくれました。
おかげで何とかブログも続けられ、入院生活の徒然も慰められました。
このブログを見ていてくださった方は、初秋から中秋にかけて、まさか私が病室からブログの更新をしていたとは思われなかったのではないでしょうか。

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「想定外」、まさかこの私が・・という思いもありました。が、しかし、自分でも驚くほど、私はその病名をすんなりと受け入れることができました。それは一つには、これまでの自分の人生を肯定していたからかもしれません。やりたいこともしました、行きたいところにも行きました。家族にも恵まれました。欲を言えば切りが在りませんが私は今までの自分の人生を、自分の身の丈にあった、幸せな人生だったと思っています。

今まで生きてきて、「死」ということはいつか自分にも来るとはわかっていても、どこかひとごとで、遠い先のこと、というのが本当のところでした。
しかし、病室の窓からぼんやり空行く雲を眺めるだけの生活は、いやが応にも「死」を考えさせられる毎日でした。
いつか来る「死」だれも免れない「死」
東日本大震災ではどれほどの人が、「死」に直面し、「死」を身近なこととして受け入れざるを得なかったのでしょう。人類史上、死ななかった人はいないのです。だれの上にも必ずくる「死」。私の上にも、いつか来る「死」
それはいつ、どういう形で現れるのかわかりません。わからないからこそ、不安であり、恐怖なのでしょう。

私の病気がこれからどう推移していくのかそれはわかりません。
ただ、私は病気と「闘う」という姿勢はとりたくないと思っています。
よく「闘病生活」といいますが、私は「闘う」のではなくなんとかうまく病気と「共生」していく方策を探したいと思っています。

「あなたが生きているということ、それだけで家族は幸せなのだよ」
退院した日、家族が私に言ってくれた言葉です。それは自分の命は自分ひとりのものではないのだ、ということを改めて思い知った言葉でもありました。

新しい写真はなかなか撮れませんが、古いものを引っ張り出してでも、このブログはなるべく多く更新していきたいと思っています。

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私のことをよくわかっていてくれる友人は3日間更新が滞ったとき、「なにかあった?・・・」と心配してくれました。すばらしい友人に恵まれたことをこころから感謝しました。
今は生きている証であり、いつかはきっと、生きてきた証となるであろうこのブログを、来年もまた見ていただけたらうれしゅうございます。

来年は、きっと「福」の年になるでしょう。朝の来ない夜はないのです。
「災い転じて福となる」ということわざもあります。
きっといい年、来年はきっと明るい、良いことのたくさんある年、今年流した涙の分だけ幸せがやってくる年、そう信じています!

どうかよいお年をお迎えください。
一年間の感謝を込めて・・・・

by mimishimizu3 | 2011-12-29 16:22 | エッセイ


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