2012年 01月 11日
鎮守の森
風もなく、穏やかな日であった。こういう日を冬晴れと呼ぶのだろうと思いつつ、私は午後、散歩をかねて近くの神社まで行った。
小さな神社は、この地域の守り神、後ろに森を背負い、まさに「鎮守の森」である。
私は暖かな日差しを浴びて、しばしそこに佇んだ。
この景色は昔、幼いころの私が見た景色と変わりはない。「鎮守の森」はどこにでもあった光景なのだ。
目を閉じた。
ふと少女たちの笑い声が聞こえたような気がした。この神社の境内で遊んでいるのだ。着ているものは貧しかったが、生き生きとした声があふれていた。
それは昔の私たちの姿であった。
その頃、近所の子どもたちは、学年が異なっても、よく一緒になって遊んだ。公園などない時代、遊び場所に困ることはなかったが、それでも広い神社の境内などが多かった。
私たちはよくゴムとびをした。輪ゴムを鎖のように2メートル近く結び、その両端を持つ人と、ゴムをとび超えるものにわかれ、ゴムをだんだんと高くしてゆく遊びである。

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私は、運動神経がなく、誰もが普通に飛び越えられる高さでもつまずき、飛び越えることができなかった。個人だけでするときはそれでもよかった。私だけが恥ずかしい思いをすればいいのだから・・・
でも二手に別れどちらの組がうまく飛べるかを競う段になると、私はみんなの邪魔者であった。私が入るとその組は必ず負けるとわかっていたからである。
遊び仲間のリーダー格は2年年上のS子ちゃんであった。

あるとき、あの時は何人ぐらいの仲間がいたのだろうか、7,8人はいたのだと思う、S子ちゃんがみなの前で我慢がならないというふうに邪険に私に言った。
「〇〇ちゃん(私のこと)、あんた帰り、もう遊んであげないよ、あんたが入ると負けるじゃん、いつもいつも負けるじゃん、あんたなんかいないほうがいいよ、帰り!」

私は黙って下を向いた。不思議に涙は出てこなかった。そういう言葉はいつか言われるかもしれないと心のどこかで思っていたのかもしれない。

私は皆からはなれ、神社の石段に座った。皆は私を無視してしばらくゴムとびをしていたが、やがてS子ちゃんが皆に言った。「かえっろう~面白くないじゃん・・・」
皆はいっせいに駆出しその場からいなくなった。

私は一人、ぽつんと神社の石段に座り続けた。
哀しみが徐々に私を覆ってきた。一人になると静かに涙がほほを伝った。
涙をぬぐうこともなく私はぼんやりと空を見上げた。いつの間にか夕焼けが空を染め始めていた。私はただ、夕焼けを見詰め続けた。
透明な哀しみが、白い結晶になって、心の底に静かに落ちてゆくようだった。
あたりが薄暗くなりかけて、私はやっと腰を上げた。家に帰らなければ・・・

私は立ち上がり、歩き出した。そのとき、ふと石段の隅にセーターが置いてあるのに気づいた。それはS子ちゃんが着ていたセーターだった。遊んでいるうち、暑くなって脱いでいったものだろう。
私はそのセーターを手に取った。S子ちゃんの家は私の家からそう遠くはない。届けなければ・・・・・そう思って手にしたセーターだったが、ふと私はそこで立ち止まった。
「あんたが入ると負けるじゃん、いつもいつも負けるじゃん、あんたなんかいないほうがいいよ、帰り!」と言う声がこだまのように私の頭に鳴り響いた。

結局、私はそのセーターをそこに置いたまま家に帰った。
幼いながら、私は自分の心の中に、黒い、邪悪な塊があるのを知った。
哀しみの白い結晶と、邪悪な黒い塊は、碁石の白と黒の石のようになって、私の心の中に沈殿していった。

その後、S子ちゃんとどんな関係が続いていったのか、不思議なことに記憶がまったくない。家も近かったのだから、その後も関係が途絶えることはなかったと思うが、私の思い出のページはそこまでしかないのだ。
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しかし・・・
人生とは時にまったく思いもかけないことが起こるものだ。

それから何十年立った頃だろう。私はふるさとを離れ、遠い、遠い地に住むようになっていた。
母が病気で入院したという知らせが入り、私は久しぶりにふるさとに帰ったことがあった。
母は、私がいたころにはなかった△△病院に入院しているというので、私は教えられたとおり、実家からはそう遠くない病院に行った。
ガラスを多用した、明るい清潔感あふれる病院であった。
玄関を入り、私はきょろきょろとあたりを見回した。病室にはどうやっていくのだろう・・・
そのとき「〇〇ちゃん」という声がした。私の名前であるけれど、私は自分のこととは思わず、案内表示を探していた。
「〇〇ちゃん!!」
いきなり肩をたたかれた。私はぎょっとして振り返った。
ブルーの制服を着て、三角巾を頭にかぶり、モップを持った掃除をする人が私を見てにこにこ笑っていた。
その人はさも懐かしそうに、「よく来たねえ・・・」といった。「オバサンが入院したと聞いたからあんたがくると思って待っていたんだよ」

私はきょとんとした。誰だろう、この人は・・・・
顔を見ても私には誰か思い出せなかった。人間違いだろう、私がそう思ったとき、その私の心を察したのかその人は行った。
「S子だよう、よくいっしょに遊んだじゃん、あたし、あんたをかわいがってあげたじゃん・・・」

そういわれ、私はその人の顔をもう一度まじまじと見た。そういわれれば、日焼けで黒くなり、しわも出てきた顔の中にも、昔のS子ちゃんの面影がどことなくあった。
私は混乱した。S子ちゃんとわかっても、昔の幼馴染にすぐには抱きつけない私がいた。「あんたをかわいがってあげたじゃん・・・・」その言葉に私は戸惑った。
S子ちゃんは私が困った顔をしているのを見ると、母のところに早く行きたいのに、自分が引き止めているとでも思ったのか、「オバサンの病室は☓☓号室だよ、はやく行ってやり」といった。

後から聞いた話によると、S子ちゃんは私の母にとてもよくしてくれたらしい。仕事が済むと、よく母の病室に来て「〇〇ちゃん」といって、私のことも懐かしそうに話していったとか・・・入院中の母はどれだけ慰められたか知れないといい、私にいい友達を持ったね、といった。
S子ちゃんは本当にやさしいいい人だったのだろう。あの時、私を否定する言葉を投げつけたのも、あまりにも私がゴムとびができず、いらいらしてしまったからついつい出てしまった言葉なのかもしれない。
しかし、言ったほうは忘れても、言われたほうは忘れることはなかなかできないものだ。

あの時感じた私の哀しみは本当の哀しみだったし、S子ちゃんが私を否定したことも事実なのだ。
そう思ったとき、私はふと、ずっと心の底にしまいこんできた碁石のような白い玉と黒い玉がすーと浮かび上がってくるような気がした。

そのときの母の病気はたいしたことなく、私は早々に福岡に戻ることにした。
帰る前、私はあの「鎮守の森」に行ってみた。
あたりの様子は私の子供のころとなんら変わっていなかった。
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私はすーと大きく息を吸うと今度は思いっきり大きく息を吐き出した。
吐き出した息の中に、私が心の底にしまいこんできた碁石のような白い玉と黒い玉があるような気がした。
二つの玉は風船のように風に乗り、「鎮守の森」に吸い込まれていった・・・
鎮守の森はその二つの玉をそっと抱え込んでくれ、私はやっと幼いときの自分から解放されたのを知った。

by mimishimizu3 | 2012-01-11 10:57 | エッセイ


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