2012年 01月 17日
童話 月とウサギと鐘 後編
昨日の続きです。
昨日の分を読まれてない方は前編からお読みくださいますようお願いいたします。


 三日月とウサギと鐘は家の外に出ました。外は気持ちのいい風が吹いていました。空にはほんもののお月さまがこうこうと輝いています。村は静かで物音もしません。
 三日月とウサギと鐘は並んでテラスに出ました。ウサギの長い足が鐘にちょっと触れました。
 その時です。鐘がやさしい音をだしたのです。「あっ、鐘さん、いい音!」ウサギは思わずそういうとうっとりと聞き入ってしましました。「本当だ、きれいな音ですね」三日月もうっとりしました。
「ウサギさん、もうすこし私に触れてくれませんか」と鐘がいいました。ウサギはあんまりすてきな音だったでもっと聞きたくなり、長い手で鐘にそっとさわりました。すると、鐘はさっきよりもっとやさしい、美しい音色をだしたのです。それだけではありません。ウサギがぽん、ぽん、と鐘のあちこちをやさしくさわると、すばらしい音楽がかなでられたのです。
 それは、それまで誰もきいたことのないような、澄んだ、美しい音楽でした。誰の心をも暖かいものにして、もし、悪い心を持った人がいたら、その悪いものを流してしまうほどの音楽でした。
 その音楽は夜の風に乗って流れていきました。クロウナガンさんのかなり離れた隣の家から人が出てきて、びっくりしたように鐘を見つめました。「なんて美しい音楽なんだろう!」隣の人はそういうと、涙を流しました。  そして、しばらく鐘の音楽に聞き入っていたかと思うと、家に行き、パンとりんごを持ってきてクロウナガンさんにあげてほしいと、鐘の前におきました。
 次の夜、ウサギと鐘の作り出す音楽は隣の村にも届きました。隣の村から人がやってきて、みなうっとりと音楽に聞き入っていました。そして多くの人が、クロウナガンさんのために、パンやチーズや牛乳やりんごを鐘の前においていきました。
 クロウナガンさんは、それらのパンやチーズやりんごを食べて、だんだんと元気を快復していきました。
ウサギと鐘と三日月の評判はどんどん広まっていきました。遠いところからも人がたくさん鐘の音楽を聞きにくるようになりました。そして、食べ物だけではなくお金を置いていく人もあらわれました。

 クロウナガンさんはすっかり元気になりました。すると粘土をたくさん買いこんできたのです。もっともっと鐘を作って、音楽を鳴らし、もっともっとお金もうけをしようという心が起こってしまったのです。
 クロウナガンさんは鐘とウサギをたくさん作りました。
 でも、クロウナガンさんがいくら一生懸命、鐘とウサギを作っても、どの鐘もウサギも動きません。「いのち」がないのです。それもそのはず、音楽をかなでた鐘とウサギと三日月はほんもののお月さまから「いのち」をいただいたから音楽がかなでられたのです。それはクロウナガンさんを本当に愛したウサギと鐘と三日月を、ほんもののお月さまが見届けてくださったからなのです。
 いくら作っても音楽を出さないと判るとクロウナガンさんは怒りだしました。そして、「そんなもの出て行け!」と怒鳴りました。
 ちょうど満月になっていました。
 空のお月様はクロウナガンさんの家の窓を覗き込み、ため息をつきました。そして、あの時と同じような光の帯をすーと、クロウナガンさんの家の窓にさしいれると、音楽を奏でたウサギと三日月をすくい上げ、ひかりの帯に乗せ、空高く、自分のところまで運びました。三日月はほんもののお月様の中に入り、お月様の一部になりました。ウサギもお月様の体のなかにはいりこみました。お月様に抱かれてウサギは今でも元気です。
 鐘はどうなったでしょう?
 鐘は、音楽も出さないまま、クロウナガンさんの家の庭にいまでもいます。ただ、月が出るとなんとなく、悲しそうに泣くような声がきこえるといううわさがいつのころからかたつようになりました。
 クロウナガンさん?クロウナガンさんがその後どうなったか、誰も知りません。月とウサギが本物のお月様のところに行ったその日から、クロウナガンさんの姿は誰も見たことがないのです。どうしているのでしょうねえ・・・

by mimishimizu3 | 2012-01-17 15:59 | 童話


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