2007年 09月 16日
伊藤伝右衛門邸
伊藤伝右衛門(いとうでんえもん)という名前を聞いて、すぐ、あああの人物かとお分かりになる方(福岡以外で)いらっしゃいますか。
もしいらしたら、その方は、恐るべき博識の方ですね(笑)

でも、伊藤伝右衛門の名前は知らなくても、明治時代、柳原白蓮と結婚した筑豊の炭鉱王、といえば、「ああそうか」と思われる方は多いのではないでしょうか。

柳原白蓮が伊藤伝右衛門と結婚し、有名な宮崎龍介との駆け落ち事件を起こすまで、約10年間住んだ広大な邸宅が、その後幾多の変遷を経て、所有者も変わり、老朽化が進み、取り壊しが検討されたとき、飯塚の地元有志が「伊藤伝右衛門邸を守れ」の運動を展開し、行政を動かし、飯塚市が整備し、一般公開にこぎつけました。

そこまでは良くある話です。

伊藤伝右衛門邸がすごいのは、その後です(笑)

今年4月一般公開がはじまりました。当初の予定では、年間15000人の入場者を見込んでいたそうです。
が、ふたを開けてみると、びっくりするほどの人気で、なんと予想の10倍を超える入場者がおしかけたのです。9月13日、NHKテレビで、「伊藤伝右衛門邸の入場者が10万人を超えた」と放映していました。10万人目の人が嬉しそうに花束をもらっていました。

旅行会社もバスツアーを組んだので、私も友人らと7月に申し込んだのですが、席が取れず、
9月半ばになって漸く行くことができました。

約2500坪の敷地に、建坪250坪の邸宅は、伝衛門が白蓮を迎えるために、有り余るお金を注ぎ込んで、いろいろと工夫を凝らし、贅を尽くし、当時の最新の技術をつかい、思いやりと、白蓮への尊敬の念が随所にみられる邸宅に作り上げました。
残念ながら、室内は撮影禁止で、カメラに収めることはできませんでした。

何故これほど、伝衛門邸が人気を呼んだのか・・・

それはやはり建物としてのすばらしさを見たいというより、なんといっても白蓮への関心、興味、でしょう。
姦通罪が生きていた時代、敢然と己の愛を貫いた勇気とその生き様が、特に中高年の女性の心をつかんだのではないでしょうか。
瀬戸内寂聴さんが(白蓮を語るのに、この人ほど適任者はいないでしょう)福岡の女性から、白蓮ブームが起こるかもしれないと言われていますが、あるいは本当にそうなるかもしれません。


門。
「伊藤伝右衛門邸」の文字は、いま、日本中の注目を集めているあのお方・・・・
麻生太郎氏です。
飯塚ですから、当然ですね・・・時期が時期だけにアップで撮りました(笑)

f0103667_11485942.jpg




正面
f0103667_11585397.jpg




庭は回遊式になっています。中ほどの東屋で休み、風に吹かれました。
白蓮さんもここで休憩なさったのかなと、しばし感慨にふけりました。
f0103667_1205486.jpg



同じく庭から
2階の部屋が白蓮が住んだ部屋です。
f0103667_1222332.jpg


内部が撮影できなくて残念でした。建物としても、すばらしいものでした。

by mimishimizu3 | 2007-09-16 12:04 | 福岡


<< 不思議な夕焼け      ある笑顔  敬老の日に寄せて >>