2007年 11月 11日
夕映えの道
秋も深まってきました。

道を歩いていて、ふと目にした光景ですが、その時、数年前に書いた自分の文章を思い出しました。
よろしかったら、読んでください。

 
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 「夕映えの道」という映画を見た。原作は「よき隣人の日記」というらしい。

物語は、中年のバツイチで有能な、仕事をバリバリこなしていた一人の女性が、ふとしたことでひっそりと暮らす孤独な老女と知り合うところから始まる。
ふと知り合っただけなのだが、近くに住む、その老女をなんとなくほっておけなくなった彼女は、はじめ干渉を嫌う老女に手を焼きながらも、なぜか老女が気にかかり、世話をやく。
一方老女もそんな彼女をはじめはかたくなに拒みつつも次第に心を開き、二人の間に暖かな絆が芽生えてゆく・・・
修理に来た電気屋に「ゴミ溜めみたいな生活だ」といわれる老女の生活。
だが、そんな中でも人間は自尊心だけは失わない。世代を超えた女二人の間に心の交流が芽生えたのは、老女のそういう『自尊心』を彼女が大切にしたからだろう。

木もれ日を浴びながら、二人が散歩する最後のシーンは映像も美しく、胸にせまる。
「どうしたの」と問いかける彼女に老女は答える。「今が一番幸せよ」と。その時、中年の主人公はいう。「信じて。あなたの幸せはわたしの喜びなの」
 
そのせりふを聞いて、私は胸がいっぱいになった。なんと美しいセリフなのだろう。
人間が存在する、それはただ、「あなたがいてくれれば、それだけでいい」という人が一人でもいてくれたらそれでいいのではあるまいか・・・・
 老女の目から涙が溢れる。ギターの曲が流れ、映画は終わった。

 私はまわりの人が立ち上がり、出口に向かうのを感じつつも、椅子から立ち上がれないでいた。全員が出終わってから、ゆっくりとたちあがり、バックを手にした。ふと顔を上げ、私は心臓が止まるかと思うほど驚いた。映画の中の老女がいたのだ!
 よくみると、映画の老女とそっくりな女性が、わたしのすぐ後ろの椅子にいた。そして眼があった。
その老女はすーと流れた涙のあとをかくすこともなくわたしに、静かにゆっくりと微笑みかけた。
その瞬間私とその老女の間にも、映画の中の主人公と老女の間のような確かな連帯が流れたのを私ははっきり知った。
 その老女はゆっくりと立ち上がると、映画とまったく同じように杖をつきながら、一歩一歩かみしめるように歩き、出口に向かった。
私はその後を同じ歩調で歩きながら、背中に向かって心の中で語りかけた。「あなたにもいるのでしょう。信じて。あなたの幸せがわたしの喜びなの、と言ってくれる人が」と。
そうであって欲しい、そうにちがいない、そう心でつぶやきつながら、私は去っていく老女をいつまでも見送っていた。

by mimishimizu3 | 2007-11-11 06:25 | エッセイ


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