カテゴリ:映画( 24 )

2011年 08月 27日
一枚のハガキ
8月も終わろうとしています。
8月といえば、広島、長崎、敗戦記念日。
暑く、長い夏でした。

そんな夏の終わりに、「一枚のハガキ」という映画が公開されています。
現在99歳の新藤兼人監督は、戦争末期、32歳で招集され、100人いた仲間はクジで順番に出撃し、94人が死、生き残ったのはたった6人だったそうです。この映画は、生き残った6人のうちに入った新藤監督の実体験を下に作られました。

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啓太(豊川悦司)は戦死した仲間から彼の妻が書いた一枚のはがきを託されます。
生き残り、復員して実家に戻ってはみたものの、妻と父が出奔し、啓太の家はすでに崩壊していました。
彼は自暴自棄な日々を送ります。
ある日、ふと持ち帰った荷物の中から託されたはがきを見つけ、そのハガキを届けようと決心します。

「今日はお祭りですが あなたがいらっしゃらないので なんの風情もありません  友子」
たったそれだけで、妻の心情のすべてを語っているその「一枚のハガキ」を、仲間の妻友子(大竹しのぶ)に届けたとき、啓太はその友子も、次々と家族を亡くし、想像を絶する貧しさの中、朽ちた家で一人生きる意欲を砕かれたまま、絶望の淵で暮らしているのを知ります。

戦争がすべてを奪った。愛も、絆も、家も、家族も、笑顔も、希望も・・・

戦争とは、戦場の悲惨さだけではない、むしろ残された者の、家族を失い、生きるすべをなくし、心の支えを失った底知れない悲しみの中に本当の悲惨があるのだ・・・映画は静かに訴えてきます。

貧しい藁屋根の一軒屋、井戸さえなく谷から組んだ水を桶に入れて、天秤棒で担いで運ぶ友子、映像は美しく、自然のその美しさが美しいだけ、よけいに過酷な生活の重みが胸に迫ります。

ただ、この映画の救いは最後の「希望」にあるでしょう。
焼け落ちた家の焼け跡に立って、啓太はいいます。
「ここに麦を植えよう!」
そして、二人は土を耕し、麦の種をまき、麦踏をし、谷から水を汲んできます。
ラストは一面に実った黄金色の麦畑を通して、笑顔でお茶を飲む二人を望遠でやさしく映し出します。

再生

生きていくのだ、死んでしまった人の分まで生きてゆくのだ!生きることが大事なのだ!人間は生きなければいけないのだ!
新藤監督のそのメッセージは熱く、熱く、見るものの心に伝わってきます。

終わろうとしている夏の日に、お薦めしたい映画です・

by mimishimizu3 | 2011-08-27 07:19 | 映画
2011年 06月 29日
奇跡
奇跡
3月12日、九州新幹線が全線開業しました。
この映画は、その九州新幹線開通の一番列車がすれ違うとき、「奇跡」が起こる、という噂を聞きつけた、ひとりの少年の家族を思う心が起こしたドラマです。

夢を追いかけ売れない音楽家の夫に愛想を尽かし、兄を連れて鹿児島の実家に帰った母、一方、弟の方は福岡で父とその仲間と結構楽しく暮らしています。
鹿児島の兄は、もう一度家族4人が一緒に暮らせることを願っていて、ある日、新幹線の一番列車がすれ違う時の噂を聞くと、なんとしてでも、その場に行き、すれ違う瞬間に起こる「奇跡」にかけてみようと画策します。
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主役は子ども、漫才コンビの「まえだまえだ」です。
兄、前田航基と弟の前田旺志郎、二人ともうまいです!生き生きとしたこの二人の演技の見事さで、この映画の大半は持っている、と言っても過言ではないでしょう。
子どもを使うことのうまさでは定評のある是枝裕和監督らしい映画となりました。

舞台は鹿児島と福岡。
母の実家は「お菓子屋さん」です。そこで、祖父が鹿児島名物かるかんをつくる場面があります。
出来上がったかるかんの味を「ぼんやりした味だなあ」と兄がいうと、祖父が「それをいうなら、ほんのりとした味、だろう」といいます。

この映画もまた、「ほんのり」とした味なのかもしれません。
以前の是枝監督の作品「誰も知らない」を覚えている私には、「誰も知らない」のあの強烈なインパクトには程遠い、「ほんのりとした味」に物足りなさも感じないではありませんが、これはこれで、いいのかもしれません。
既に、世界13ヶ国で上映が決定しているとのこと。
子どもの成長物語として見ても、心温まるいい映画です。
外国で成功することを願っています。

なお、この映画は全国に先駆けて九州先行上映です。
その内にこのブログを見ていてくださる方々の地方でも上映されることと思います。私の住む福岡もたくさん出てきます。興味がお有りでしたら、見てください。


おまけ
4月29日、このブログで、九州新幹線開通のお祝いのCMを出しました。
昨日、このCMが、「カンヌ国際広告祭」で、金賞を獲得したというニュースを聞きました。
素晴らしいCMです
受賞を知って再度、CMを見てみました、なんど見ても元気のでるCMです。

by mimishimizu3 | 2011-06-29 11:03 | 映画
2011年 05月 19日
ブラック・スワン
俳優は時に、演じている人物と自分とが渾然としてしまうことがあるといいます。役になりきればなりきるほど、そうした傾向は出てくるものでしょう。
そして、自分と違うキャラクターを演じなければならない時、どんな俳優でもきっとプレッシャーは感じることでしょう。

ブラック・スワン
この映画もまた、そうした「演じる役」と「本来の自分」との葛藤から生まれた悲劇を描いた映画といえましょう。

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バレエ団は新しい振り付けで「白鳥の湖」に取り掛かろうとしていた。誰がプリマに抜擢されるか・・・・
主人公ニナももちろんプリマを目指します。自分の夢がかなわず、娘のニナに自分のかつての夢を託している過干渉の母と二人三脚で夢に向かって突き進んでゆく優等生のニナ・・
清楚で美しいニナ、バレエの技術も卓越しているニナ、でも、監督は、ニナに決定的に不足しているものを感じていました。それは、「清楚な白鳥を踊るだけなら充分だけれど、奔放で邪悪な黒鳥を踊るには何かが足りない・・・」
しかし、ちょっとした出来事の後、監督はニナをプリマに決めます。



そこからにニナの壮絶な闘いと苦しみが始まります。
自分で自分を抑圧し、なかなか自分を解きほぐすことができないニナ、だんだんと現実と幻想が交差して行き、観客もどこまでが現実でどこからがニナの幻想なのか明らかにされないまま、恐ろしいスリラーの中に入ってゆきます。

映画の終盤、さまざまな出来事を体験し、完璧に「黒鳥」になりきり、完璧な黒鳥を踊るニナ、けれど「完璧な黒鳥」になったニナが払った代償は・・・

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これは、芸術が呼び起こす「魔性」といってもいいのではないでしょうか。
芸術のためなら、すべてを犠牲にしてしまう恐ろしい狂気に取り付かれた人は今までもたくさんいました。
スリラー仕立ての一級のエンターテイメントとして映画は進みますが、芸術と狂気、そんなことをも考えさせてくれる映画です。

主演のナタリー・ポートマンはこの映画のために10ヶ月バレエの特訓をし、すばらしいバレリーナーの肉体と技術を身につけたそうです。
難易度の高い場面もかなりの部分本人がこなされたとか、その話にしても、すさまじい俳優魂を感じてしまいました。

by mimishimizu3 | 2011-05-19 08:22 | 映画
2011年 05月 11日
ショパン
義務教育のころ、小さな学校の、小さな音楽室の壁には著名な音楽家の肖像画がかかっていました。
ベートーベンは羽ペンを持ち、髪をゆするようにして怖い顔をしていましたし、、バッハはくるくるカールしたお人形さんのようなおもしろい髪で、穏やかな表情をしていていました。
モーツアルトは、目がくりくりとしたかわいい顔でありましたし、その脇には、横顔で、ちょっと物思いにふけっているような、寂しげな感じが漂っていると私には思えたのが、今思うとショパンであったのでしょう。
だから、私の「ショパン」の印象は、あの田舎の粗末な学校の、粗末な音楽室の、安物の肖像画から受けた部分が少なくないとおもいます。

今年はショパン生誕200年。
記念すべき年に「ショパン」という映画がつくられました。
「愛と悲しみの旋律」という美しいサブタイトルをつけられて、キャッチコピーは「愛は哀しみに変わり、美しき旋律は永遠になる」とあります。
上手なサブタイトルであり、キャッチコピーです。

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祖国ポーランドを離れ、パリにでたショパン、楽譜は売れず、アメリカ行きまで考えたとき、当時の社交界の寵児であったジョルジュ・サンドと出会います。
恋に落ち、サンドとの生活は9年に及びます。その間、今、世界中で愛されている名作が、次々を生まれてゆきます。

ショパンがもしサンドと出会わなかったら・・・
映画を見ながら、そんな仮定は無意味と知りつつつい思ってしまったのは、もしサンドとの生活がなかったら、今、われわれが親しみ、楽しみ、癒されている、人類の財産の一つでもあるこうした名曲は生まれなかったのかもしれない・・・
そう思うと、ジョルジュ・サンドはおおきな功績を残したといわざるを得ないな、ということでした。

ただ、映画としてはサンドの子ども達との係わり合いがいまひとつ説得力が欠けているように私には思えました。
成人した娘が母の恋人ショパンを若い肉体で篭絡しようとしている・・とおもっていると、すぐほかの男と結婚してしまう・・・そんなところなど、ちょっと私には説明不足の感がしました。

ただ、「音楽映画」だけあって、全編を流れる音楽は、すばらしい!の一言です。
ピアノは日本人の、横山幸雄氏、チェロは今をときめくヨーヨー・マ氏。
一流の演奏家の見事な演奏に乗せられて2時間があっという間にたっていきました。

by mimishimizu3 | 2011-05-11 17:50 | 映画
2011年 04月 15日
わたしを離さないで
4月13日、東北大震災のニュースの陰に隠れ、マスコミはさほど大きく取り扱わないでいましたが、「日本で始めて、15歳以下の少年が脳死として認定され、5つの臓器が5つの病院に運ばれ移植に使われた」という衝撃的ニュースがありました。
10代前半で「脳死」となった少年の遺族は、少年の体の一部がほかの人の中で生き続けるのなら、と「臓器移植」を認めたとか。

私はそのニュースを聞きながら、「脳死」となってベッドの上に横たえられた少年を想像しました。
あたかも、機械の部品を解体するように、心臓が取り出され、肺が取り出され、腎臓が、肝臓が、すい臓が、取り出されていったのでしょう。5つの臓器を取り出されたとき、少年の体はどんなになっていたのでしょうか・・・

臓器移植については立場の違いでさまざまな考えがあることと思います。当事者の立場に立たされなければわからないこともあることでしょう。

「わたしを離さないで」

この映画を見ながら、私は13日の少年の臓器移植のことも考えていました。

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世俗から隔絶され、緑豊かな、イギリスの、「ヘールシャム」と呼ばれる寄宿舎に暮らす子ども達、一見すると普通の寄宿舎となんら変わりはないけれど、この寄宿舎はある「秘密」につつまれ、子供たちもある目的のために育てられている「特殊な子」だということがだんだんと明らかにされてゆきます。
主人公となる3人は、ほんのわずかに運命の変更を求めることもあるけれど、それも力及ばないと知ると、ただ、ただ、静かに過酷な「宿命」を受け入れ、「終了」していきます。

「任務」は無事大人になり、「臓器」を「提供」すること、2回か3回、体からさまざまな臓器を取り出され、「任務」が「終了」、すなわち、この世からきえてゆく・・・
自分が4回目の「任務」で「終了」するとわかっているとき、手術台に乗り、寂しげなまなざしをむける恋人をじっと見送る主人公のまなざしもまた切なさを通り越した、静謐にあふれています。

私がこの映画を見ようと思った大きな理由は、カズオ・イシグロ氏が原作者だったからです。
日本生まれ、5歳まで長崎ですごし、父親の仕事の関係でイギリスに渡り、そこで成長し、英語で小説を書き、すぐれた賞もとり、ベストラー作家になっています。私は英語の小説は読んだことはありませんが、どんな小説をどんな風に書くのだろうか、という興味はありました。

この映画は、私にはSFのように思えました。
「臓器移植」をするために作られた「クローン人間」

クローン人間は、現実にはまだ「作られて」いないでしょう。けれど、臓器移植の問題を突き詰め、こんな風なことが実際に起こらないとは断定できないかもしれません。
カズオ・イシグロ氏のこれからの作品も気にかかるようになりました。

by mimishimizu3 | 2011-04-15 15:17 | 映画
2011年 02月 07日
「しあわせの雨傘」
映画が好きな私はよく映画館に足を運びます。
従って、予告編もよく見ます。だからこの「しあわせの雨傘」も予告編を見ていました。
予告編を見たとき、この映画はもうわかってしまい(失礼)改めてみるまでもないな、と思いました(^.^)

社長夫人として何不自由のない生活をしている女性。周囲からは「飾り壷」と呼ばれていても、ウオーキングをし、詩を書き、刺繍をして毎日を明るく楽しく過ごしている。あるとき、会社の労働者がストを起こし、そのさなか社長である夫が倒れてしまい、夫のかわりに労使交渉に当たり・・・・組合員の信頼を得、会社は持ち直し、営業も順調に伸びてゆき・・・・彼女は自分の能力にはじめて目覚めます。生き生きとした生活。「飾り壷」ではない自分・・・・
夫が回復し、社長の椅子にすわろうとしたとき彼女は毅然と言い放ちます。
「この椅子は私のもの、社長はわたくしよ」
コメディタッチで、女性の生き方を明るくさわやかに描いています。
女性賛歌、人生賛歌の映画、女性を元気にしてくれる映画です。

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予告編で十分そこまではわかるので、映画館に行くまでもないと思っていた私が、やはりちゃんと映画を見ようと思った訳は・・・・

1月5日、「徹子の部屋」に主演のカトリーヌ・ドヌーブさんが出演していらっしゃいました。
若いころよりはちょっと(大分??)ふっくらとなさり、まろやかな親しみやすい体型にはなられました。が、相変わらず美しい方です。美しいだけでなく、知性とやさしさと暖かさを感じさせてくれ、とても上手に年を重ねていらっしゃいます。そして、どっしりとした貫禄。まさに世界的大女優さんです。
「しあわせの雨傘」のキャンペーンで来日されたとか・・・
それならやはり「しあわせの雨傘」を見ようと、ミーハーの私は思ったのです(笑)

カトリーヌ・ドヌーブさんといえば、私がまず思い浮かべるのは「シェルブールの雨傘」。調べてみると1964年の映画でした。可憐な少女を演じておられました。今でも、あのちょっぴり哀愁を帯びた主題歌のメロディは、口をついて出てきます。あれから、半世紀近く、その間ずっと大女優さんの座を保ち続けておられます。それは驚くべきことではないでしょうか。女性として尊敬せざるを得ません。そして、こんな明るく前向きな映画に出ておられることに私は感謝したいと思いました。女性の方にお勧めしたい映画です。

カトリーヌ・ドヌーブさん、いつまでもお元気で、これからもますますご活躍ください。

by mimishimizu3 | 2011-02-07 13:40 | 映画
2011年 01月 06日
「相棒」 劇場版Ⅱ
相棒
テレビドラマの「相棒」は始まって10年になるそうです。
私はいつのころからか、「相棒」を知るようになり、いわゆるファンになりました。・
シーズン7までの相棒、寺脇康文さん演じる、熱血漢の「薫ちゃん」も大好きでしたが、シーズン8からの及川光博さんの、ちょっとクールな「相棒」もなかなかよく、放送されるときは時間が許せばたいてい見ています。

巨大権力に立ち向かってゆく回や、いわゆる社会的弱者に対する目など、見方によっては、「欺瞞」や「偽善」に近いものもあるかもしれませんが、私はそれなりに単なるエンターテイメントではない何かがあるように感じています

そもそも設定が面白いです。
杉下右京、エリート中のエリートであったはずの人物が、窓際族に追いやられ、得体の知れない「特命係」などというポストについている、そして類まれな記憶力と、洞察量、推理力、観察力で難題を次々に解決してゆく・・・水谷豊さんが演じる杉下右京は独特の魅力にあふれています。
また、そんな「右京」は、離婚した元夫人の営む小料理屋に、いつもいつも出入りしている・・・
そういう設置自体、私には思いつきもしない面白い設定です。
また、脚本は」警察や、検察庁といった官庁の内部事情にも詳しい方が書かれているのでしょう。そういった方面に詳しいかたでなければ思いつかないであろう箇所も随所に出てきます。

今回の「劇場版Ⅱ」は正月の観客をターゲットにされたのでしょう、私も、忙しかったお正月のもろもろのことから開放された日、久々に自由の時間を楽しむべく、映画館に足を運びました。

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「相棒が巨大な権力に挑む」
そのキャッチコピーに偽りのない壮大なストーリーであることは確かでした。
警察庁対検察庁。
二つの巨大権力の「闇」
7年前の事件、うやむやに葬られた真実、それが呼び起こす事件・・・
「相棒」の活躍、杉下右京の洞察力、推理力、それらがあばく「闇」・・・

たしかにエンターテイメントとしては面白く、よくできていると思いました。

映画は映画館で、というわたくしのコンセプトは少しも揺るぎません。

ただ、この「相棒 劇場版Ⅱ」に限って言えば、見終わって映画館を出たとき、私の頭に浮かんできた感想は「これはいずれテレビで放送されるのであろうから、そのとき見てもよかったな」という思いでした・・・・

by mimishimizu3 | 2011-01-06 20:51 | 映画
2010年 12月 17日
武士の家計簿
ある映画を見に行ったとき、ロビーに北国新聞の特集がたくさん置いてありました。
武士の実話とあります。面白そう・・・とそのときから封切られたら見に行こうと決めていました。

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加賀藩で「御算用係り」という、現在で言えば「経理係り」に当たるところに勤めていた下級武士の一家、猪山家。代々、刀ではなくそろばんで藩に仕え、出世もしていきます。ところが、出世をすればするほど、付き合いや格式、体面などで、膨大な出費がかさみ、主人公猪山直之は家がたいへんな借金をせおっていることに気がつきます。
そこで、主人公は家計建て直しを断行することにします。
まじめ一方で、不器用な主人公がした家計建て直しのはじめは、見栄や世間体をすてて、家財道具から何からなにまで売れるものは売るということでした。着物も一人3枚のみ・・
嫡男の祝いの席の鯛は絵の上手な妻が紙に書いた鯛。それを一人一人の祝い膳に張ります・・・
弁当箱まで売って、お城の勤務にも竹皮につつんだ、質素な弁当を持っていく・・この辺のところはユーモアたっぷりで観客からは大きな笑いが漏れました。
圧巻は、一匹の鯛から、5品の料理を作るところでしょう。「貧乏と思えば暗くなりますが、工夫と思えばたのしゅうございます」という妻のセリフは、核心を付いています。

けちな節約をする一家の姿を描くのではなく、家族の愛、親子の絆、時代の流れ、それらが美しい加賀の風景と溶け合って、見るものの心をほんのりと暖かいもので包んでゆきます。

この映画は「金沢藩士猪山家文書」として残された膨大な「家計簿」を読み解き、「武士の家計簿」として出版した学者の本を元に作られたそうです。
「猪山家文書」は何がいくら、ということだけを漢数字で書いてある、無味乾燥な数字の羅列にすぎないものだったでしょう。その数字の裏にある事柄を引き出し、ドラマを再現した力はすごいことだと思います。そしてまたそのドラマを、泣かせどころ、笑わせどころのつぼを押させて第一級の映画に仕立てた森田芳光監督も鬼才といわざるをえないでしょう。

堺正人さん、仲間由紀恵さん松坂慶子さん、中村雅俊さん等々実力派俳優が伸び伸びと楽しんで演じています。でも・・・

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この映画の本当の主人公は、「そろばん」だと私は思いました。
「そろばん」をはじく音、なんとさわやかなのでしょう!そろばんってこんないい音がしたのか!と驚きました。
そろばんのさわやかな音のように、この映画もさわやかな映画でした。

by mimishimizu3 | 2010-12-17 08:40 | 映画
2010年 11月 28日
レオニー
レオニー
私がイサム・ノグチの作品を初めて見たのは、東京北の丸にある東京国立近代美術館の前庭にある「門」でした。
鋭角であるにもかかわらず、どことなく暖かく、やさしく包み込まれるようで不思議な感じを持ったものでした。
イサム・ノグチが、日本人の父とアメリカ人の母との間に生まれた世界的彫刻家ということは知っていても、それ以上のことは疎く、とくに、母親のことなど何も知りませんでした。
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この映画は、イサム・ノグチを主人公にするのではなく、その母、レオニーを主人公にしています。
レオニーは、20世紀初頭、ニューヨークで日本から来た詩人、野口米次郎の編集者となり、彼のアメリカでの成功に大きく貢献します。やがて二人は恋に落ちレオニーは身ごもります。しかし戦争が始まり、野口は日本に帰国してしまいます。
彼女は一人で子供を生み育てていましたが、数年後、言葉も通じず、風俗習慣も違う日本に行くことを決意します。
しかし、日本では野口はすでに結婚しています。「日本では二つの家庭を持つことは普通なのだ」と言い放つ野口。野口に平手打ちをするレオニー。怒った彼女は、野口の元を離れ自立の道を歩むことにします。

シングルマザーなどという言葉さえなかった時代、偏見と差別が当たり前の中、言葉もわからない異国で毅然と生き、子供を育てていく姿は感動的です。
100年前に、こんな風に自分の人生を選び、決断し、実行した女性がいたのですね!

レオニーは自分たちの家を作るとき、まだ少年のイサムに家の設計をまかせます。そして、大工の棟梁から、「ものづくり」の喜びを教えられます。(この、イサムにかんなやノミの使い方教える大工役の大地康雄さんがいい味を出しています)後年、彫刻家として大成するイサムの萌芽はこんなところにあったのかもしれません。
子供の才能にいち早く気づき、開花させることに心を砕いたレオニー.そのおかげで、今、私たちはイサム・ノグチの作品に接することができるのでしょう。

映画の最後は、公園全体を設計し、イサム・ノグチの集大成ともいわれている北海道の「モニレ沼公園」、この公園で、たくさんの子ども達が楽しく遊びまわるのを、レオニーがゆっくりと眺めている幻想の場面で終わります。

製作、脚本、監督は松井久子氏、女性監督です。彼女の熱い思いがあってこの映画はできたのでしょう。
レオニーを演ずるのはエミリー・モーティマーさん。野口米次郎を演じるのは歌舞伎役者の中村師童氏。流暢な英語で熱演されていました。

見終わって、私もいつか、北海道に行き「モニレ沼公園」をたずねてみたいと思いました。

by mimishimizu3 | 2010-11-28 07:36 | 映画
2010年 10月 27日
終着駅  トルストイ最後の旅

終着駅
文豪トルストイの名前は、作品を一度も読んだことがない人でも知っているでしょう。また、「戦争と平和」などは何度も映画化されているので、映画で見たという方も多いかもしれません。
私も昔、「アンナカレーニナ」を映画で見て感動したのを覚えています。

そのトルストイが晩年家出をしたということも、トルストイ夫人が「世界三大悪妻」といわれているということもなんとなく知っていました。
でも、夫人がなぜ「世界三大悪妻」と呼ばれるようになったのか、なぜ、トルストイは晩年家出をして客死しなければならなかったのか、それは詳しくは知りませんでした。

この映画は晩年のトルストイ夫婦の葛藤を描き、その謎に迫ります。

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「愛」に基づいた理想郷を作り、自らの思想を実行するためにも、膨大な富を生む著作権を放棄し、「ロシア人民」のものにしようとする夫。そんな夫に「家族のため」著作権放棄の遺書を書かせまいとする妻。
トルストイアン(トルストイ主義者)呼ばれる人々が入り、事はややこしくなってゆきます。
狂乱する妻、「もう耐えられない」と82歳という高齢にもかかわらず、家出をする夫。
田舎の、旅館さえない小さな駅で、高熱を出し衰えてゆくトルストイ。
駅長の好意により、駅長の家を貸してもらい、そこで息を引き取ってゆく・・・
まさに「終着駅」「The Lsat Stastion」です。

しかし、この映画は、「悪妻」を描いているのではありません。

トルストイは最後まで妻ソフィアを愛していた、たまたま、最晩年になって、著作権放棄という問題が起こり、二人の間に越えられない溝はできてしまったけれど、トルストイは最後まで、ソフィアを愛していたのだ、ということが見終わった観客にじわーと訴えてきます。
50年近く連れ添い、13人もの子供をなした夫婦なのです。そこには二人にしかわからない阿吽のなにかがあったでしょう。
「悪妻」という汚名はそろそろ返上して差し上げてもいいのかもしれません。

ひげを生やし、トルストイになりきったクリストファー・プラマー、ソフィア役のヘレン・ミレン、すばらしい演技を見せてくれました。二人とも、今年のアカデミー賞にノミネートされているそうです。
また、ロシアの美しい自然、特に白樺林の美しさはなんと表現していいかわかりません。
この美しい映像を見るためだけであっても、映画館に足を運んでよかったと思えるほどでした。

by mimishimizu3 | 2010-10-27 11:05 | 映画