カテゴリ:ショートストーリー( 20 )

2010年 03月 22日
初蝶
何日間か気温の高い日が続き、一気に春が駆け足でやってきたような日だった。
出かけなければならない用事があって地下鉄に乗ると、ラッシュアワーをとっくに過ぎ、座席の空きが目立つ車内はどことなくのんびりとした空気がただよっていた。私はゆったりと座席に腰を下ろすと目を閉じた。
次の駅で、ドアからさーと冷たい風が流れ込んできて、同時にざわざわとあたりの空気が動いた。私は目を開け周囲を眺めた。
私の座った座席の向かい側に、乳母車が置かれていた。
私はそのとき初めて、自分が車椅子や乳母車が置ける優先席近くにいることに気づいた。


乳母車には5,6ヶ月かと思われる赤ちゃんが乗っていた。
そして、母親は乳母車に背を向け、ドアにもたれかかったままケータイを見ていた。「ヤンママ」というのだろうか、まだ十代ではないかと思われる若い女性が、乳母車を押すには不釣合いなハイヒールを履き、ミニスカートの派手な服装に長い付けまつげをつけていた。それはまるで週刊誌から抜け出てきたアイドルのようでさえあった。

突然赤ちゃんがしくしくと泣き始めた。
母親は振り向きもせず、ケータイから目を離さない。赤ちゃんの泣き声はだんだん大きくなり、乗り合わせたほとんどの人が乳母車のほうを見た。
人々の視線は何もしない母親に注がれ、車両の中には瞬く間にあからさまな非難めいたとげとげしい空気がかもし出されていった。

f0103667_827350.jpg


そのとき、車両の中をひらひらと動く、何かちいさな生きものがあった。
あっと誰もが思った。黄色い蝶が一羽、ゆっくり、ゆっくりと踊るように、舞うように飛んでいた。
蝶は乳母車の上を飛び、あかちゃんの手のすぐそばに降りた。赤ちゃんは泣くのを忘れ、びっくりしたように蝶を眺めた。

あの時間はどれくらいの長さだったのだろう、ほんの数秒のようにも思われるし、ずっとずっと長い時間のようにも思われる。
しばらくすると、蝶は、赤ちゃんに挨拶を済ませましたよとでもいうようにその場を離れ、またゆるゆるとゆっくり車内を舞った。

蝶が去ると赤ちゃんはまた思い出したように泣き出した。
それでも母親はなにもせず、赤ちゃんに関心も示さなかった。

蝶は少し離れたところの座席に座っている、たくましそうな青年の前にゆき、ジーンズのひざに止まった。多くの視線がそのひざに注がれた。青年はすこしからだを前にかがめ、ゆっくりと、そうっと、大きな両手で蝶を挟み、そして静かに蝶を入れたままの手を大事そうに持って立ち上がった。
何をするのだろう・・・居合わせたすべての人が固唾を呑んで見守った。
青年は乳母車のところに行きひざまずくと、赤ちゃんの目を見つめた。赤ちゃんは泣くのをやめ、青年をみつめた。青年はゆっくりと手を広げた。中には蝶がいた。赤ちゃんは魔法を見るかのようにその蝶を見つめた。蝶は飛び去ることもなく、青年の手の中でじっとしていた。
若い母親はそのときになってはじめて乳母車に寄り添い、赤ちゃんと一緒に蝶を見つめた。

次の駅が近づくアナウンスが流れた。青年は蝶を乳母車の縁にそっと移すと立ち上がった。
自分の席に行き、荷物を持つと、青年はまた乳母車に戻り、若い母親に向かって話しかけた。
「この子、大事に育ててあげんしゃい。どんな子でも、子どもは母親が大好きなんやから・・・それにこげんかわいか子はそうそうはおらんとよ・・・」

母親ははっとしたように青年を見つめた。
電車がホームに入り、ドアが開くと青年はちらっと赤ちゃんを見てから降りていった。その背に向かって母親はぺこんと頭を下げた。

あとから知ったことだが、その年に始めてみる蝶の事を「初蝶」というらしい。広辞苑をひくと初蝶として「春になってはじめてみる蝶」とある。
この路線の地下鉄は、車両基地がまだまだ田園の残る平野の一角にあるので、車両基地に入り、車掌さんが出入りするとき、生まれたばかりの赤ちゃん蝶ちょうが紛れ込んでしまったのだろう。

f0103667_8272755.jpg


「初蝶」は、さわやかな出来事とさわやかな思いをもたらしてくれた。きっとあの若い母親にも「初蝶」はすばらしい何かをプレゼントしてくれたに違いない。
春浅い日、「初蝶」にまつわるうれしい出来事だった。

by mimishimizu3 | 2010-03-22 08:32 | ショートストーリー
2009年 04月 20日
さくら散る頃
四月というには風の冷たすぎる日だった。

友人たちと別れると、私はバス停に向かった。
久しぶりの集まりで、楽しい食事会だった。だが、一人になると、食事の途中隣に座った古い友人が、「そうそう・・あなたも覚えているでしょう・・」とそっと私の耳に囁いた噂話を私は反芻していた。

それはもう20年以上昔のこと、ある友人が、10歳以上年下の男性と駆け落ちするという衝撃的な事を起こした。テレビドラマさながらのその事件は、一時期私たちの話題をさらった。夫も子どもも棄て、家を出て行った彼女の勇気ある行為は、そのころ、子育てに追われ、家庭に縛られていた同世代の女たちの心をゆさぶり、注目をあびるには充分の出来事だったのだ。
「子どもが可哀想よね」という言葉がよく言われ、私もそれに異論はなかった。だが、残された家族をおもいやるやさしさと、そんな事を起こした彼女への反感の裏に、しかし同時に、ある羨望と嫉妬とがあるのを、私は感じていた・・・
だが、いつのまにかそれも忘れられてゆき、そんな人がいたことさえ、私自身忘れていた。
その彼女を何十年ぶりかで見かけたというのだ。
「あんなにきれいだった人が、誰かわからないくらい老けちゃって・・・苦労したのね、きっと・・・」
その言葉はわたしの心に突き刺さった。

f0103667_151295.jpg


そのバス停は、○○学園前といい、いわゆる、「お嬢様学校」と世間で言われているところだった。
私はバス停の後にあるマンションの塀にもたれ、ぼんやり考え続けていた。人が人を愛するということ・・その頃、彼女が私に言った言葉を私は思い出していた・
「家を守って私が我慢していれば、私の家族は幸福かもしれない、でも、そうすると私は不幸なのよね。私が幸福になろうとしたら、家族は不幸になるかもしれない。どっちを取るかなのよ」

風が冷たく、私は上着の前をしっかりとあわせた。どこからか、桜の花びらがひらひらと舞ってきた。

「あのー、今何時かおしえていただけますか」
その声に我に返り、目の前を見た。いかにも良家のお嬢様という清楚な感じの美しい少女が立っていた。
私はあわてて時計を見た。「○○時何分よ」
そう答えると少女は「ありがとうございます」と丁寧にいい、お辞儀をし、バス停のそばに戻った。それはまさに礼儀正しい「お嬢様」の振舞いだった。
私はやはりその学校の世間での評価を思った。

バスはまだこなかった。
中年の女性がやってきた。見るともなく見ていると、先の少女がその人のそばにゆき、私にしたと全く同じことを言った。
「あのー、今何時か教えていただけますか・・」
私はオヤ、と思った。私に聞いてからまだ1分経つか経たないかである。私は私の答えが聞き取れなかったのでまた他の人に聞いたのかと思った。尋ねられた人も、“お嬢様”に丁寧に答えた。
そして、すぐ、また一人バス停に人が現れた。
すると、その少女はまた、その人に向かって全く同じことを言ったのだ。
「あのー今何時か教えていただけますか」
その人は時計を見、教えてあげた。それは私が答えたのと3分も経っていなかった。

私の次に答えた人が、ちらっと私を見た。お互いオヤっと思ったのを、目と目が語った。
私は考え事をそっちのけにして少女をみた。どう見てもしっかりした良家の少女である。その少女が数分間に3人もの人に同じことを繰り返すとはなんなのか・・・

f0103667_1543963.jpg


バスはなかなかこなかった。
少女は落ち着かない様子で、バス停の周りを行ったり来たりした。
その時である。
キイーと、急ブレーキが踏まれ、一台の車がバス停近くに止まった。
「ヘイ!!」
車を運転していたのは、外国の若い男性であった。
「〇〇子ちゃん!!」同時に、助手席の長い髪をなびかせた、鮮やかな真っ赤な口紅の美しい女性が呼んだ。
その途端、少女は「いや!!」と叫ぶと、反対側に向かっていきなり飛び出した。「アッ!」そこにいた誰もが息を呑み、思わず声を上げた。
一台の車が走ってきて「バカヤロウ!!」と、大きな怒鳴り声を発したのが、はっきりと聞こえた。

バス停に止まった車は急発進した。
みな、反対側を見た。奇跡としか言いようがないが、少女は車道を渡りきり、反対側を走っていた。
私たちは呆然とその場に立ち尽くした。

少女は、迎えに来る母親を待っていたのか・・・
その母親は、外国の青年の運転する車で現れた。その瞬間、少女は拒否して、車道に飛び出した・・・外国の青年は、母親の恋人ででもあるのだろうか・・・

心臓が激しく打った。少女の母親も、一人の「女」としての幸せと、「母親」としての狭間で揺れているに違いない。少女はこれからどうなってゆくのだろう・・・
私の乗るバスが来たとき、桜吹雪が激しく舞った。

by mimishimizu3 | 2009-04-20 01:56 | ショートストーリー
2008年 12月 13日
「ある笑顔」
昨年の、夏も終わろうとしている頃だった。
ある方のブログで、蜩が鳴いているという記事があった。
ヒグラシか・・・
その記事を読みながら、私は、ふっと、遠い空をながめた。

以前は私も、当然のように蜩を聞いていた。
今住んでいる家に越してきた頃は、窓を開ければ田んぼが見え、その向こうに小さな林もあり、そこから夏の夕方はいつも、いつも蜩が聞こえてきたのだ。
その田んぼが潰され、林が切り倒され、変わりにアパートやマンションが建って、いつの間にか蜩はきこえなくなり、アブラゼミやクマゼミばかりが夏を謳歌するようになっていた。
あの、カナ、カナ、カナ、カナ・・という独特な鳴き声は、どこか切なく、なぜか郷愁を感じさせる。

ブログの記事を読んで、私は矢も盾もたまらず蜩を聞きたくなった。
近くで聞くことが出来るのは、わたくしの足でも歩いてもいける山の中腹にあるお寺まで行けばいいだろう、私はそう目星をつけて、夕方、日差しが和らぐのを待って出かけた。

上り坂になった頃、私は耳を澄ました。なかなか聞こえない。
境内に入り、ミンミンと言うけたたましい鳴き声に混じって、カナ、カナ・・とかすかに聞こえてきたとき、私は胸が高鳴った。
何年ぶりかで聞く蜩は、懐かしく、やるせなく、悲しいまでに美しく思われた。
わたくしはなかなか暮れて行かない夏の夕暮れに、境内の石段に腰掛けて、じっと耳を澄ましていた。

その時、ふと人の気配を感じた。見ると私の座っている石段の向かいに、品のいい老婦人が腰掛けていた。
どちらからともなく、ふっと頭を下げ、挨拶をした。
挨拶ともいえないその儀式がすむと、その女性は私のそばに来て、静かに座った。
「ひぐらしが聞こえますねえ・・」
「ええ、そですよ、最近は夕方になると鳴きますよ・・」
そんな会話のあと、私たちはまた沈黙し、蜩を聞いた。

帰り際、私はカメラを持って出たことに気づき、その女性に言った。
「一枚写真を取らせてもらえませんか」
てっきり断られると思っていたのに、その方はにこやかに「まあ、そうですか・・・」といって、はにかみながらも喜んだ様子で、私のカメラに収まってくださった。
その時は、それだけの出来事だった。

f0103667_714817.jpg


家に帰り、パソコンで見たその女性の写真は、私にはとてもいい写真に思えた。なにより、その方の、品のよさ、暖かさ、しとやかさがにじみ出ているようで、こんなふうに年を重ねてゆけたらいいな、と思う、いわば、理想的な女性に思えた。私はGREEに「ある老女」というタイトルでその写真をアップした。するとすぐにある一人から「はて、この女性を、老女と言っていいだろうか・・」というコメントの書き込みがあった。そうか!「老女」などというタイトルをつけたのは私の傲慢さかもしれない。私はあわてて「ある笑顔」と、タイトルを変えた。

その後、私はそのお寺に何度か行った。春は桜が、秋はもみじが共に美しい。
行くたびに私はもしかしてあの女性に会えないだろうかと心のどこかで思っていた。逢って話もしたいし、写真のことも言いたかった。
境内を出たところには、ポツン、ポツンと何軒かの家もある。でも、こんな山の中ですむには車がなければ住めないだろう。私のようにたまに散歩に来るにはいいけれど、バス停までもかなりあるし、毎日歩いて出かけるということは、あのお年では無理ではないか。なにより、こんな山の中の家では、話す人も家族以外にはめったにいないのではないか・・・私はあの女性がどんな生活をしておられるのか、気になりだしていた。

一年が回り、夏がゆき、秋も深まり、既に初冬に入った先日、私は何気なくふらっと山寺を訪ねた。もみじも終わり、境内にはだれもいなかった。帰りの石段を降りてゆくと、階段の下を、腰をかがめ、杖を突いた一人の女性が歩いているのが見えた。あの方だろうか・・・
でも、昨年私が会った方はこんなに腰は曲がっていなかった・・・

近づいてゆき、よく見るとそれはやはり昨年のあの女性だった。
約一年で急に年をとられたように見えた。
私は近寄ると声をかけた。私を見て、その方は「あっつ」と小さく声を上げた。私を覚えていてくださったのだ。
「あの時の写真、とてもよく撮れていたのですよ。」そういうと、私は彼女の顔を覗きこんだ。お顔も急にふけた様に思われたが、優しい笑顔は少しも変らなかった。彼女は顔をほころばせ、私に言った。
「まあ、うれしい、ぜひください。実はね、私は前に住んでいた家が焼かれ、写真も何も全部焼かれてしまって、写真などないのですよ・・」
私はびっくりした。そうだったのか・・・
それから、彼女は問わず語りに話し出した。以前は○○というところにすんでいたが、失火で家が全焼し、家財道具から何から全て失い、こんな山の中に住むようになった・・・・
「自分の写真がないということは、さみしいものですよ・・・」
その方は、しみじみと静かにそう言った。そういうものかもしれない。思い出は頭の中の記憶だけしかなく、写真を含め、「もの」としての思い出が全て消えてしまうということは、私などの想像できないものがあるに違いない。
私は近いうちにきっと届けると約束して別れた。

一週間ばかりして、私はまたその寺を訪ねた。教えてもらった家に行き、呼び鈴を押した。なんの返答もない。誰もいないのだろうか・・・
私は封筒の上に、鉛筆で「お約束の写真です。お元気で・・・」とだけ書いて郵便受けの中に入れた。
きっとご家族でどこかに出かけられたに違いない・・・
また、春になり、暖かくなったら訪ねてみよう。そして今度は満開の桜の下で、あの方にモデルになってもらい何枚も何枚もたくさん、たくさん写真を撮ろう・・・
私はそう自分に言い聞かせ、山寺を後にした。

by mimishimizu3 | 2008-12-13 07:05 | ショートストーリー
2008年 09月 04日
バイガエシ
このままずっと暑さが続くのではないかとさえ思われた猛暑も、9月に入ると急におさまり、一気に秋の風が吹き始めた。

その日、私はバス停にぼんやり立っていた。バス停の後の神社の森からは、街中であるにもかかわらず、こおろぎの声が聞こえてきて、私は聞くともなく聞いていたのだ。
「あの・・・」
その声にはっとして振り向くと、軽い麻痺があるのであろうとすぐにわかる男性が私を見つめていた。
とっさに私も「あっつ」と声を上げた。
あの時の・・・
男性は、ゆっくりと私に近づき、話しかけてきた。
「あの時の方ですよね・・・」
私は大きくうなずくと、おどけて言った。
「やっぱりお会いしましたね、よかった。どこかでお会いすると思っていましたよ」
同時に、ハハハ・・・と二人とも、声を出して笑いあった。
男性は嬉しそうに、明るい笑顔を見せ、不自由な手でバックをあけはじめた。その動作は、以前のときよりずっとスムースになっていて、見つめている私の心には静かな感動が広がっていった。

f0103667_459223.jpg


それは半年前くらいのことだった。
その日も、私はバスに乗り、一番前の席が空いていたのでそこに座っていた。
福岡のバスは、中ほどの扉から乗車し、前扉から下車する。
だから一番前の席に座っていると、降りる人がすぐ脇を通る。
その時、ぼんやり窓外を見ていた私の耳に「そのカードでは10円たりません。あと10円です」といっている運転手の声が聞こえ、私ははじめて下車する人を見た。
明らかに何かの病気の後遺症で、少し麻痺が残ってしまった中年の男性が、驚いたような、困ったような顔でそこにいた。
男性は小脇に抱えたバックを開けようとしていた。しかし、不自由な手でバックのチャックを開けるのは、緊張すればするほど、もたもたしてしまうようだった。時間がどんどん流れていった。
バスの中は、シーンとし、どうなることかと乗客全員が息を詰めて経過を見つめていた。いつまでかかるのだろう・・・だんだんと目に見えない空気が流れ始めたようにも思われた。
「開けましょうか・・」私は思い切ってそう言い、その男性のバックを預かるとお財布を取り出した。

しかし・・・・
たまたまなのだろうが、そこに10円玉は一つもなかった。他にあるのは一万札だけのようだった。一万円札から両替はできない。
私は男性を見つめ、男性は私を見つめた、
私は自分のポケットに小銭が入っているのを思い出した。
「10円ならありますから・・・」そういって私はバスの集金箱に入れた。
それを見て、運転手は「どうぞ」といってその男性に降りるように行った。
男性は私を見た、何も言わず、じっと私を見つめた。一瞬のその目に、私はたじろいだ。ひょっとして、私はとんでもない間違いをしてしまったのではあるまいか・・・・
男性はゆっくりとゆっくりとドアにつかまりながら降りていった。
降りてしまうと、再び私を見た。なにかをいいたい、でも、何を言っていいかわからない・・・そんなふうに私には見えた。
その時、私もどうしていいのかわからず、混乱していた。お礼を言ってもらいたいと思ったわけではない、どうなることかと見つめている他の乗客の無言の力を感じたことは確かだ。だが困ったとき、少しばかり助け合うのは当たり前のことではないか・・
しかし、あの目は・・・
私はバスのドアが閉まりそうになったとき、降りた男性にむかってとっさに叫んだ。
「いつか、どこかでお会いしたら、バイガエシにして返してくださいね」
男性がかすかにうなずいた。

そうしてバスは発車した。

f0103667_514134.jpg


その後私は折に触れ、そのことを考えた。あの時の男性の目は、哀しみだったのだろうか、怒りだったのだろうか、・・・10円を恵んでもらったというふうにとられてしまったのか、困ったときは、お互い助け合う・・・私がしたことはそれだけのはずだったのだが、もしかして、そうはとってもらえず、私は男性の心を踏みにじってしまったのかもしれない・・・
いいようのない悲しさともどかしさに私は何度もなんども捉えられた。

だから、偶然、再会したのは私にとってもとても嬉しいことだった。
「その節はありがとうございました。おかげで助かりました。お礼も言わずにいて・・・」
男性はにこやかに笑いながら言った。麻痺は以前より改善されているようだった。
「あれからリハビリに励みましたよ。もうあんなことはいやだとおもいましてね・・」
そういって男性はからからと笑った。
そうだったのか・・私はほっと肩の荷が下りた気がした。
そして、私は両手を広げ、おどけて、茶目っ気たっぷりに男性の前に出した・
「はい、約束どおりバイガエシ・・・20円いただきまあーす」
男性は今度は自分でお財布を開け、10円玉を2個取り出すと、私の手のひらの中に入れた。
ハハハ・・・明るい笑い声が二人同時に起こった。

初秋のさわやかな風がさーと吹きぬけていった。

by mimishimizu3 | 2008-09-04 05:10 | ショートストーリー
2008年 04月 18日
もくれんの家
  短編を書くような気持ちで、かいてみました。よろしかったら読んでください。

その一角は、我が家からたいして離れてはいないが、めったに通ることはなかった。ただ、犬が生きていた頃は犬の散歩でよく通ったところだ。
静かな高級住宅街で、大きな木々に囲まれ、お邸といっていいほどの家が立ち並んでいる。それぞれの家は庭もよく手入れがなされており、四季折々の花々が季節を告げていた。そこを歩くのは、犬の散歩というより、わたしの楽しみの一つでもあった。
中でも、ある一軒の家が私の記憶に鮮明に残っていた。それはちょっと高いなと思えるくらいの塀に囲まれた広いお屋敷で、塀越しに、春はもくれんが、秋は金木犀が顔を覗かせていた。
犬が死に、散歩もなくなってしまったが、狭い我が家の庭に咲いたもくれんを見て、私はふと、あのもくれんの家を思い出した。
カメラを持って自転車で出かけた。


何年ぶりかで訪れたそこは、数年前とは別の場所であるかと思うほど様変わりしていた。
大きなお屋敷だったところが、3軒の分譲地になっていたり、思いもかけないところにアパートが立っていたりして、私は一瞬自分がどこにいるのかわからなくなった。
が、私が目指したもくれんの家はそのままにあった。
わたしはその家の塀の前で自転車を止め、見上げた。
もくれんは今まさに絶頂期といわんばかりに輝いている。
ちょうどいい枝ぶりが塀から出ていた。私はカメラを向けた。すこしアングルを工夫すれば、空抜きの写真が撮れそうだった。私は夢中になって何枚もシャッターを押した。

f0103667_11312387.jpg


「なにをしてる!」
はっと我に戻り、声のするほうを見上げると、少し離れた塀の上から身を乗り出すようにして、眉間に皺を寄せた老人が私を睨み付けていた。
「すみません。もくれんがあまりきれいだったものですから・・・」
私はそういいながら自転車に駆け寄った。一目散に逃げるに越したことはない、とっさにそう判断したのだ。
私が自転車のスタンドに足を掛け、まさにそこを立ち去ろうとしたその時、再び「待ちなさい」と言う声がした。しかし、その声はさっきのところではなく、少し前方にある、門のところからであった。
私は観念した。叱られるのならしかたがない。しかし、写真を撮った位でそんなに怒ることもないだろうに・・
私は少し悲しかった。が、同時になにか違う、さっきとはなにか違うという直感があった。老人の声の中に私を叱責するのではない、なにか柔らかな、やさしさがこもっていたのをわたしは感じていたのだ。
自転車を引いてその老人のいる門までいくと、「入ってください」と先ほどとは打って変わって老人は丁寧に言った。私は戸惑い、その老人の顔をまじまじと見た。

上下の作務衣をこざっぱりと着こなしてはいるが、その目には、どこか世をはかなむような、なにか哀しげな光が宿っていた。
老人は無言もまま先にたって歩き出した。
門から続く飛び石はもう何年も洗われたことなどないのだろう、薄汚れ、コケが生えていた。左右の植え込みも充分手入れがなされているとは言いがたかった。屋敷は大きく、玄関までは10メートルもあった。
私は敷石を踏みながら、しきりにいぶかしんだ。やはり写真を撮ったことを怒り、家の中にまで入れて、小言をいうのか・・・いや、と私のなにかが打ち消した。
老人は玄関の引き戸をあけると、私を見つめ、ゆっくりと「どうぞ」といった。さきほどよりさらに暖かくやわらぎを持った声だった
私はうながされるまま家の中に入った。立派な桜を描いた二曲の屏風が立てかけてあった。一目でかなりの年代物であることが察せられた。

f0103667_1142541.jpg


家は想像していたとおりに広く部屋数も多いようだった。以前は磨き上げられていたのであろう回り縁が、玄関からすぐ続いていた。昔、こんなヒノキの回り縁を歩いたことがあった・・・あれは、いつで、どこだったのだろう・・わたしはいつの間にか、自分が時間と空間を越えて夢のなかに入り込んだような錯覚に陥っていた。
さらにわたしの眼前に信じられない光景が現れた。
回り縁を曲がり、南側の縁に出ると、そこに広々とした庭園が拡がったのである。
そしてそこに、あたかも手をつなぎあってでもいるかのように、春の太陽を浴びた紫と白の二本のもくれんが高く伸び、枝を交差させ、交差させながら、樹いっぱいに花を咲かせていたのだ。
それはまるで、一つ一つの花芯の中に、それぞれ小さな妖精たちがいて、その妖精が、生きていることの喜びと楽しさを全身であらわしてでもいるかのように、嬉しくてたまらず歌を歌ってでもいるかのように、花びらが生きて朗らかに笑みをこぼしているかのように思われた。
二本の樹は、植えられた時はそれ相当の距離もあったのだろう、が、今は大きく伸びた枝それぞれが、お互いの樹の間に入りこんでいる。私はふと、男女が睦みあっている姿を想像した。樹が睦みあっている・・・
私は呆然と見つめた。

「きれいに咲いてくれました」
老人が静かに言った。先ほどよりさらにさらに、やさしい、夢みるような声だった。
「きれいですねー」
私はそんなありきたりの表現しかできなかった。
老人は目を細め一緒に見つめた。
どれほどの時間が経ったのだろう。あるいはあの時、たしかに時間は静止していたのかもしれない。
私は老人を見つめた。家は物音一つしない。人気はないようだった。
「お一人でお住まいなのですか」
私はおずおず聞いた。
「そうですよ。妻がなくなってから、人間は私一人ですよ」
「えっ」
わたしは戸惑った。人間は一人?どういうことなのか。
「ハハハ」
そんな私の疑念に気づいたのか、老人は楽しそうに声をたてて笑った。
「もくれんがいてくれますから」
「もくれん?」
「そうですよ。もくれんがそこにいてくれるじゃありませんか」
そういって老人はお互いの枝を交差させているもくれんに視線を投げた。
わたしは混乱した。もくれんがいてくれる。どういう意味なのだろう。
老人はわたしの混乱ぶりが楽しいのか、さらに声をたてて笑った。
「あの白いもくれんは妻なのですよ」

f0103667_1136274.jpg


老人は笑いを納めると、ゆっくりと、静かに語りだした。
「結婚したとき、記念にもくれんを植えたんです。私が紫、妻が白でね」
「奥様が白でご主人が紫?」
もし、男女がそれぞれの色を選ぶとしたら、男性は白を、女性が紫を選ぶのではないか?・・・
私がそういぶかった心が通じたのか、老人は静かに、独り言のようにいった。
「あれは白が好きだった。白がよく似合った女でしたよ。夏、よく白の絽の着物を着ていました。」
私は眼をつぶった。白い絽の着物をしゃきっと着こなした、しとやかで清楚な、美しい年配の女性のイメージは容易に湧いた。その女性が、この回り縁で老人と並んで座り、もくれんを仰いでいる姿は、まさに一幅の絵になったであろう。
「20年と10か月になります。あれがなくなって・・。」
老人はひとりごとをつぶやくように言った。年数だけでなく、月数までいつもいつも数えていたのか。私は胸が熱くなる思いだった。
「普通、もくれんは白のほうが先に咲いて、紫は大分経ってから咲くでしょう。でも、うちのもくれんは、白が普通のもくれんよりずっと遅く咲くんですよ。だから白と紫が一緒に咲くんですよ・・」
そういうと老人は目を細め、じっと二本のもくれんを見つめた。
「あれがなくなってから白もくれんはどんどん私の方に枝を伸ばしてくるんですよ。わたしに甘えているんですねー。」
私も静かに二本のもくれんをながめた。そういう説明を聞くと、私が男女が睦みあっている姿を思い浮かべたのもあながち間違いではないのかもしれない。私は静かな感動の中に身をおいた。
f0103667_11281268.jpg

「いやー。ご迷惑をおかけいたしました。ご無礼、お許しください。塀のもくれんは息子なんですが、その息子も生まれてすぐなくなってね。あなたが息子を写真にとっていてくれたので、私と妻のもくれんも見ていただきたくなって。いや。失礼しました」
老人はそういうとわたしに深々と頭を下げた。

私はどうやってそこを辞したのか、さだかな記憶がない。
そもそも、あれは本当にあったことなのか。もくれんの精がもたらした白昼夢だったのか・・・

春が過ぎ、夏が過ぎ、秋もたけたころ、私は再びあのもくれんの家に行ってみた。私がカメラを向けた塀のそばのもくれんはあとかたもなくなっていた。そして、あたり一面、そこはかとない、ひんやりとした、なにか饐えたような雰囲気が漂っていた。
門は硬く閉ざされていた。見るとそこに一枚の張り紙があった。
それはこの物件が競売に掛けられるという裁判所の通達文書であった。

by mimishimizu3 | 2008-04-18 11:49 | ショートストーリー
2008年 04月 05日
アノー君と慶州桜マラソン
     数年前に書いた文章です。よろしかったら読んでください。


 福岡空港国際線の、韓国プサン行きの飛行機は、平日にも関わらず、結構込んでいた。
 福岡から、プサンまでは約40分。東京に行くよりずっと早い。
 私は、手荷物は少ないし、上の棚にあげるまでもないかな、と思ったが、それでも一応開いている棚を見上げた。背の低い私には、飛行機の棚は苦手だ。

 その時、「ここに入れましょうか」と、声がした。振り向くと、きちんとした身なりの青年が、私の荷物を指差していた。
 その青年を見たとたん、私はアッと思った。どこかで会ったことがある。でも、誰だか、どこであったのかわからない。その青年も私と眼が会うと、やはり一瞬アッと思ったらしい。でも、彼のほうも思い出せないでいるらしかった。
 「ありがとう」。そう言って荷物を入れてもらうと、私は座席に座った。青年も私の隣に座った。なんとなく、心がザワザワする、居心地の悪い、落ち着かない気分だった。

 私は前の座席のポケットにある機内誌を取り出し、見るともなくパラパラとページをくった。
 そこには見事な桜を写したグラビア写真があった。それは東北の桜の名所を紹介するものだった。
 「アッ!」隣の青年が素っ頓狂な声をあげた。全く同時に私も「アッ」と声をあげた。そして、二人は同時に向き会うと「あの時の・・・」とお互いを指差しあいながら、お互いの顔を見つめあった。

f0103667_21203031.jpg


 それは数年前の春だった。私は手にしたばかりのデジカメが面白くてたまらず、手当たり次第撮りまくっていた。
 その日も、「花は朝日で撮るのが一番きれいなのよ」と教えてくれた友人の言葉を信じて、まだ人気の少ない公園に出かけ、夢中になって撮影していた。その時間でも、もう夜の宴会用の場所取りのロープが張られ、青いビニールシートも用意されていた。
 「アノー」
 その声にはっとして我にかえると、一人の青年が、ビニールシートの端にいた。
 「アノー、すみませんが、土足でふまないでいでもらえませんかあ・・」
 私はびっくりした。いつの間にかビニールシートを踏んでいたらしい。あわてて、シートから離れ、「ごめんなさい」と丁寧に謝った。

 私はそこに人がいるのにもおどろいたが、その青年の言い方がいかにも間延びしているのにも驚いた。
「アノー。いいんです。」
 そして、青年は間延びしたままの言い方でまじまじと私の顔を見ながら言った・
「アノー、写真面白いですか」
「エッ」
 私はとっさに言葉を失った。なんのことだろう・・・
「アノー、さっきから、なんだか夢中で撮っているようだったから・・・」
 そして、青年は自分の言葉をかみしめるように続けた。
「アノー・・そういうのってすっごくいいなーと思って」
 
 私はむしろその青年の言葉に戸惑った。若さ溢れる時代を生きているはずの若者からそんな言葉をかけられるとは・・・
 私はきょとんとしてしまっていたのだろう。その私の表情を読み取ったのか、青年はすこしはっきりとした口調でいった。
「アノー。自分は何にも夢中になれるものないんスよね」
 そしてさらに驚くべき言葉を続けた。
「自分なんて、生きていてもいなくてもいいのかなーなんて・・・」

 私はカメラをしまい、その青年の顔をまじまじと見た。
 なんだろう、この子は。朝日がこんなに美しい春の朝、満開の桜の下で、生きていていいのか、などということを、数分前出会ったばかりの私なんぞに言っている。

f0103667_21225696.jpg


 いつの間にか、どことなく間のぬけた、それでいて繊細な、この青年を私はほっておけなくなっていた。
 シートに座り込み、私たちは話し込んだ。聞いてみると、高校中退で、フリーターをしているとのこと、「このシート張りもアルバイト先でやらされたんだけど・・・面白くないんすよね、何もかもが・・」
 青年は自嘲気味にそういった。
 もっと良く聞いてみると、中学時代は陸上部の選手だったらしい。「走るのは好きやったんですけどねー。でも今はもうかったるいし・・」
 それを聞いて、私はただ、走るのが好きなら、走ったら、としか言えなかった。
 たった今あったばかりの私が、それ以上の何がいえよう。
 そうして私たちは別れた。

 「あの時の!」。同時に出た言葉に私たちは思わず笑い声をたてた。
 青年はすっかりたくましくなっていた。
 「慶州さくらマラソンに行くんですよ。あの時、走るのが好きなら走ったらっていわれて、それからまた、少しずつ走りだしたんですよ。そしたら面白くなって・・・慶州マラソンにも去年も出て、もうサイコー」。
 青年は20万本の満開の桜の下を走る慶州さくらマラソンの素晴らしさを熱っぽく語った。そこには数年前のだらだらとした青年の面影は微塵もなかった。今はバイトもちゃんとしているとのこと。「なにしろ、マラソンに出る旅費を溜めなくっちゃいけませんからね」そういって青年ははにかむように笑った、その横顔は輝いていた。

f0103667_2130441.jpg


 「グッドラック!!」
 プサンの空港で別れる時、私は青年の手を強く握った。青年も強く握り返した。
 「慶州さくらマラソンは5キロ、10キロのウォークもあるんですよ。来年あたり参加しませんか」青年は言った。
 そうか。それもいいなー。
 私は20万本の桜が咲き誇る、日本で言えば奈良と同じようだと言われている韓国の古都、慶州の桜並木を道を歩く自分の姿を想像した。いいなあ・・いつか近い将来、慶州の桜ウオークに参加してみようか・・
  私は自分の心がホコホコと温かくなっていくのを感じていた。

by mimishimizu3 | 2008-04-05 21:34 | ショートストーリー
2008年 01月 10日
冬のほとり
「寒中」にしては、風もなく穏かな日だった。
お濠に下りていくと、私は大きく息を吸い、伸びをした。
かもたちも気持ちよさそう群れをなして休んでいる。最近は、かもの数が減って、その分ユリカモメが多くなったようだ。

私はカメラを取り出すとユリカモメにねらいをつけた。
カメラの隅に、ベンチに腰を下ろした一人の初老の男性がいるのが見えた。じっと何かを考えているような、静かというより、もの寂しさに包まれているような気配が感じられた。私はふと「冬のほとり」という言葉を思い浮かべた。今日は温かい冬の日ではあるが、やはり物淋しさは否めない。男性の周りはその「冬のほとり」ですっぽりと包まれているようだった。

f0103667_838213.jpg


それでも、私はそこ男性のことはすぐに忘れ、カメラに集注した。ユリカモメの流し撮りはできないだろうか・・・
私は、用意してきたパンくずを投げてはユリカモメを引き寄せ、何度も何度もシャッターを押した。

いつの間にか、男性が座っていたベンチに近づいていた。
私がふとカメラを覗くのをやめたとき、その男性が私に話しかけてきた。
「写真がご趣味なのですか・・」
私は苦笑いをしながら答えた、
「ええ・・まあ・・・」
するとその人はふっと悲しそうな笑みを浮かべ、しみじみと自分に語りかけるように言った。
「家内もカメラが趣味でした。花を撮るのが好きで、いろんな花を撮っていましたよ」
「そうですか・・今は、もうなさらないのですか」
私は何も考えず、何気なくそういってしまってから、しまった!と思った。
この人は、過去形で言っているではないか・・・・・

私は、吸い寄せられるように、ベンチに座った。

f0103667_8331644.jpg


その人は、私が同じベンチに座ると、問わず語りに語りだした。

奥さんはとても元気だった。カメラをするためには足腰が丈夫でなければならないと、一周2キロの公園を何週も歩いては体を鍛えていた。
ところがある日、風呂上りにばったり倒れ、そのまま意識を失い、病院に運び入れても意識は回復せず、今でも病院のベッドで植物人間のまま呼吸だけはしている・・・
自分は毎日その病院に行く、今日もこれからそこにいくのだが、行っても、夫である自分をさえわかってくれない。それは口では言いようがないほど切ないことだ。だから、バスに乗る前に、ここでこうしてかもなどを見て心を落ち着かせている・・・

要約するとそういうことをその男性は訥々と語った。
私はなんと言っていいかわからなかった。ありきたりのお見舞いは、何の役にたつだろう。幸せだった人生に、突然降ってわいた不条理に、憤りを通り越した男性の悲しみは痛いほど伝わった。でも、一体私になにができよう・・
しばしの沈黙の後、それでも私に話したことで、その男性は少しは気分が楽になったのであろうか、さびしげな微笑を浮かべると、照れるような顔で言った。

「病室を出る時、いつも思うんですよ。魔法がかかって家内が小さくならないかなあって。小さくなって、私のコートのポケットに入れることができるくらいの大きさになったら、ポケットに入れて一緒に家に連れて帰れるのになあって・・・・」

その言葉を聞いて、私は息がつまった。
なんというすごい発想なのだろう!
童話とか、メルヘンとか、そんなこととは全く無縁に見えるこの男性が、そんなことを思っている・・
そうさせる力は、それは奥さんに対する愛の強さ、それ以外の何ものでもないだろう。

冬のほとり
この男性もまさに人生の「冬のほとり」に立っているのだろう。が、そこにある、美しくやさしい温かさは、寒中の柔らかな陽だまりのように,私の心にほんわりと響いた。

by mimishimizu3 | 2008-01-10 08:46 | ショートストーリー
2007年 12月 17日
木守り
ふと、ぬけるように澄んだ初冬の空を見上げると、すっかり葉を落とした木の上に、取り残されたように二つの柿があった。一つは鳥についばまれた跡がくっきりとある。
「木守り・・・」
私はそうつぶやくとじっとその柿を見つめた。

f0103667_10441186.jpg


木守り」という美しい日本語を私に教えてくれたのは祖母である。
祖母は幼い私の手を引いて、よくお寺に行った。
墓参りが済むと、祖母は本堂に上がり、手を合わせ,念仏を唱えながら、長い間祈っていた。その間、私は一人境内で遊んでいた。私は一人遊びが好きな女の子だった。
お寺には住職のほかにもうひとり中年の僧侶がいて、私が行くとニコニコして「よく来たね」と頭をなでてから、よく、「ほうっら・・」と、袈裟の袂からお布施でもらってきたお菓子を出して、私の手の上においてくれた。まだ甘いお菓子が貴重だった時代、それはとても嬉しいことだった。そんなこともあり、私は祖母とお寺に行くのが好きだった。

その時も、お寺の帰りだった。
境内の柿の木を見上げ、祖母が言った。
「あれはね、木守りっていうのよ。人間が全部食べてしまうのではなく、冬でえさがすくなる鳥さんのために、いつくか残しておいてあげるの。そうするとそれがお守りになって、来年また、たくさん実をつけてくれるのよ」

その時、何故か祖母はとても悲しそうな顔をしていた。私の手をしっかりと握り、なにかに耐えているような様子だった。
祖母はいつも静かで、口数も少ない人だったが、その時は特に、しみじみと空を見上げ、自分に語りかけるように、私に話していたのだ。私は幼いながら、その祖母の様子に何時もと違うなにかを感じ、おとなしく、うなずいただけだった。
私が、「木守り」という言葉をしっかりと頭に刻み込んだのは、そんな祖母の表情があったからかもしれない。

f0103667_10481469.jpg



しかし、私はその時の祖母が何を悲しんでいたのか、気遣うことはなかったし、それからも、そのことについて思い巡らすことはついぞなかった。
月日は流れ、毎年秋が来て、初冬の空に木守りを見ることがあっても、私はそれでも、祖母を、祖母としてしか見ていなかった。
祖母は私にとって、幼いときも、おばあちゃんであり、小学生の時もおばあちゃんであり、成人してからもおばあちゃんであった。祖母に年を感じたことはなかったし、ましてや祖母を一人の女性としてみることはついぞなかった。

そんな私がふと、そういえばあの時、おばあちゃんはいくつだったのだろうと思いついたのは、私が40代になったある秋のことだった。
今と同じようにすっかり葉を落とした柿の木に、一つか二つ残った柿を見ていた時、私は電気でも体に受けたように、あの時おばあちゃんは今の私と同じ、まだ40代だったのではないか、と思った。それは私が初めて祖母を一人の女性として見た時だった。
40代といえば、まだまだ女としての情念があってもおかしくはない。

f0103667_10473137.jpg



私は記憶の糸を手繰り寄せた。

そういえば・・・
私にお菓子をくれた中年の僧侶はいつの間にかいなくなっていた。
あのお坊さんはいついなくなったのだろう・・・
もしかして、あの時祖母はあの僧侶がそこを去るということを知ったときだったのではあるまいか・・
祖母が人生のある時、淡く、ひそやかに、思慕を寄せる人がいてもおかしくはなかったろう。

私はむしろそうであってほしいと願った。祖母の人生のパレットに、ほんのすこしでも、美しい、パステルのよういろどりがあったとしたら・・・

「木守り」を見上げながら、私は鬼籍に入って何十年にもなる祖母を思い出していた。

by mimishimizu3 | 2007-12-17 10:58 | ショートストーリー
2007年 12月 03日
メリークリスマス!
その日、私は地下鉄に乗ろうとして、駅の入り口で一瞬空を見上げた。
初冬、というより、小春日和というほうがぴったりの、ぬけるような明るい空が広がり、風もない、穏かな空気が気持ちよかった。私は、地下鉄をやめ、バスにしようと思った。時間は充分にある。

バスはすぐ来た。
座席に腰掛けると、私はゆっくりと車内を見回した。暖かな柔らかい冬の日差しがいっぱいの車内は明るい光が踊り、ちらほらといる乗客も皆くつろいでいるように見えた。
私は、ぼんやりと車内の広告眺めた。中に大きく 「Merry Cristmas」 と書かれた下に、大きな袋を担いだサンタクロースがいる広告があった。サンタがニコニコしながらきれいに包装された贈り物を出している。靴、洋服、本・それは様々な店が集まっている商店街の広告だった。その商店街は私も時々行くので、あああそこか、と思いながら眺めた。

f0103667_7441412.jpg


次のバス停で、70代と思われる、和服をきた、身なりのよい、上品な二人連れの女性が乗ってきて、私の後ろの席に並んで座った。二人ははじめ、とりとめのないおしゃべりをしていたが、一人がふと、私が見ていたと同じ広告に目がとまったのだろう。相手に話しかけた。
後ろの座席の会話は、聞こうと思わなくとも、耳に入ってくる。
「メリークリスマスってよういうバッテン、メリーってどげな意味やろかねー」
「さうやねえ。そげんいわれると、ようわからんねえ。考えたこともなかったもんねえ」
私は、次の会話がどう進んでいくか待った。。
「人の名前やろか。孫がよう、メリーさんの羊て歌、うたいよったとよ」
「さうやねえ。女の子の名前ねえ・・・そういうたら、たしかに外国映画はメリー言う名前の女の人はおおおかとよ」
私は楽しくなった。
「Mary]と「Merry]
博多弁で発音したら、どちらもめりー・・・であろう。


しばし沈黙の後、会話は続いた。
「でも、女の子の名前いうたとしたら、どげなわけで、女の子の名前がクリスマスの前にくるとね?」
その人は続けた。
「メリークリスマス、いうたら、なんかしらん、クリスマスおめでとう、いう意味っちゃろ」
「そうやねえ・・」
また、少し沈黙が流れた。

私は楽しくなり、いつの間にか聞き耳をたてていた。
文字だけでは伝えることはできない、博多弁独特の、ゆったりとしたおおらかなイントネーションは、ユーモアをより増大させてくれる。

「おめでとうは、ハッピーやろう。ハッピーニューイヤー、とか、ハッピーバースデイ、いうやないの、」
「そりゃそうやねえ・・」

ふたりはまたここで暗礁に乗り上げてしまった。

数秒後、一人がさもいいことを考え付いたというように、弾んだ声でいった。

「シュクたい・・」

私は一瞬、何のことかわからなかった。
もう一人もわからなかったのだろう。
「なにね、それ?」
「シュク、言うたら、ほれ、いわうったい、シュクケイロウ言うて、いうて、敬老の日においわいもろうたじゃなかとね」
「??」
「だからくさ、メリーさんはシュクコさんたい」
その人は誇らしげに行った。
「祝だったら、祝クリスマス、いうてもおかしかなかろうもん」

私はおもわず噴出したくなるのを必死でこらえた。何というおおらかさ!何という自由さ!!
「Maryさん」を「祝子さん」にして、それを「Merry]にしてしまい、なにより、はからずも、本質に近づいているではないか・・・

「そうやなえ・・そいやあ、女学校の同級生に祝子さんておったとよ」

それから二人はその祝子さんの噂話に移って行った。そこで私は聞き耳をたてることをやめた。

f0103667_747597.jpg


今では、耳にすることも少なくなった生粋の博多弁も楽しかったし、なにより、ものにこだわらない、度量の広い女性二人に私は心の中で叫んだ。
「メリークリスマス!!楽しい会話をありがとう!!」

師走のある日の、さわやかな一こまだった。

by mimishimizu3 | 2007-12-03 08:03 | ショートストーリー
2007年 11月 19日
ファーストキス
あの時、私は何故一人で、あの鎮守の森の祠にいたのだろう。
多分いつものように、鎮守様の境内で友達と遊んでいたのに、いつともなく皆が帰ってしまい、私ひとりがポツンと取り残されていたからにちがいない。
私は運動神経が鈍く、女の子がよくして遊んだゴム飛びあそびが苦手だった。皆がいとも簡単に飛べる高さも私には飛べず、よく仲間はずれにされていた。
あの時も、きっと皆から仲間はずれにされ、泣きたくなる心を幼いながらもてあまし、ひとりぼんやりしていたのだろう。

f0103667_1594864.jpg


秋の陽が西に傾きかけたころだった。祠のそばの大きな銀杏の木に夕陽がキラキラ照り映え、葉が舞いながら散っていくのを、私は石段に座ってぼんやり見ていた。
祠の裏はそのまま森に通じ、そこからはすでに、夕闇が迫ってくるようだった。

「オマエ、一人でなにしてんだよー」
その声に振り向くと、いつの間にかS夫がいた。
S夫は私より一学年上で、近所でも評判のガキ大将だった。が、私はなんとなくS夫に親しみを感じていた。
「別に・・」といいながら私は足をぶらぶらさせた。S夫も並んですわり、真似をして乱暴に足を振った。
しばらくそうしていたが、S夫は急に真面目な顔になり、私の顔をじっと見つめるといった。
「オマエ、キスって知ってるか?」
わたしはキョトンとした。
実際その時、私はキスという言葉も知らなかったし、どういうことかも、本当に知らなかったのだ。まだテレビもない時代だった。情報は今では考えられないくらい少なかったのだ。
S夫は、私が本当になにも知らないとわかると、ひどく神妙な顔で言った。
「見せてやろうか。でも、絶対に誰にもしゃべるんじゃないぞ」

そういうと私の手をひき、祠の裏をうかがった。
「いいか、絶対人にしゃべるなよ」
そう駄目押しをすると、手を口にあて、シーというそぶりをした。私は心臓がどきどきした。何故かしらないが、そこには子どもが見てはいけない「大人」の世界があるらしいと漠然と感じていた。
S夫と私は、森をそっと進んだ。S夫は足を止めると、私に眼で合図した。S夫が示す方向を見ると、そこにS夫の年の離れた、父親の違う義姉が男と木に背中をつけて抱き合っていた。
私は息が出来なかった。頭が真っ白になり、心臓は飛び出しそうになるほど早くなり、今にもそこに倒れてしまうのではないかと思われた。
どのくらい時間がたったのだろう、S夫は私の手をさっきより強く握り、足音を忍ばせて、もと来た道に引き返した。

我に返った時、夕焼けで空が異常なまでに赤く染まっていた。
祠の石段もさっきと同じものではないように思えた。世界が今までとは全く違うものに見えた。
そして、S夫はさらにびっくりすることを口にしたのだ。

「イイカ オレタチモ デッカクナッタラ キスシヨウナ ワスレンナヨ」

その言葉は、私の心をさらに大きくゆさゆさと揺さぶり、大きな波紋を起こし、数日かけて静かにゆっくりとゆっくりと底深く沈んでいき、そして確実に沈潜した。
f0103667_15165284.jpg


S夫は成長とともに、「ガキ大将」をそのまま「不良」にしてゆき、悪い噂は私の耳にも入ってきた。S夫の母親は二十代半ばで戦争未亡人となり、三十も年上の男と再婚していた。S夫は飲んだくれのその義理の父親に、反発し、反抗し、年とともに暴力ざたになることもしばしばあるようだった。S夫の母親はいつも疲れきった顔で歩いていた。
たまに会うS夫も、すさんだ暗い目をしていた。戦後という時代の、影の部分が凝縮されているようだった。
 
十年が経ち、悲劇がやってきた。
高校にはいった秋、、S夫は、無免許で友人のバイクを運転し、ガードレールに激突し即死したのだ。
私はそれを聞き、あの日と同じく頭の中が真っ白になった。
バカ!バカ!
悲しすぎる、やり場のない怒りがわたしの胸に溢れた。

四十九日の日、私はあの鎮守の森に行った。
幼い時は深い森に見えていた鎮守様は意外に小さな森だった。
私はあの時の場所を探した。どこであったか、はっきりしたことはわからなかった。木は大きくなって鬱蒼と茂っている。私はおおよその所に目安をつけ、大きな木の下に立ち、幹に顔をつけた。S夫の匂いがするようだった。
それから、私はゆっくりと静かに、幹に唇をあてた。

「イイカ オレタチモ デッカクナッタラ キスシヨウナ ワスレンナヨ」

あの幼い日のS夫の声が聞こえたように思えた。
「S夫さん、約束忘れてないよ。これが私のファーストキスよ」
風がそよいだ。S夫がかすかに照れているような気がした。
あの日と同じく空は真っ赤に焼けていた。

f0103667_15184116.jpg

戦争で死んだ実の父親の顔も知らないで、あたかもそんな自分の人生に与えられた理不尽さ、不条理さに体当たりでぶつかり、反抗して、反抗しぬいて死んでいったS夫・・・・
私は木に寄りかかったまま、暮れなずむ空をいつまでも見つめていた。

by mimishimizu3 | 2007-11-19 15:16 | ショートストーリー