<   2009年 04月 ( 21 )   > この月の画像一覧

2009年 04月 30日
シラン
恥らう乙女のように・・・

f0103667_7283082.jpg


by mimishimizu3 | 2009-04-30 07:28 |
2009年 04月 28日
幟  蒼空君のために
こどもの日が近づきました。

子どもの成長を祈ってあげるこいのぼりは、今では個人の家であげることはなかな難しくなっていますが、こいのぼりだけでなく、りっぱな幟まである家がありました。

その名も、蒼空君のために・・・・

蒼空君、この幟のように、健やかに、たくましく、力強く、そしてやさしい、立派な大人になってくださいね、そう祈りつつ、写真を撮らせていただきました。


武者絵、龍、トラ・・・の幟です。

f0103667_731595.jpg



武者絵をズームしてみます
昔ながらの図柄は迫力あります。

f0103667_7375597.jpg



まさに、「屋根より高い、こいのぼり・・・」です

f0103667_7392748.jpg


by mimishimizu3 | 2009-04-28 07:40 | 自然 風景
2009年 04月 27日
シャッター交差点  沈みゆく街
かなり大きな交差点のはずなのに
見えるところはすべてシャッター・・・・
律儀に光る信号機だけが、なぜかかなしい

f0103667_6102632.jpg


バスターミナルの片隅で・・・

f0103667_6124956.jpg


つけもの200円、こんにゃく90円、玉ねぎ200円、
上に行って・・・饅頭、パン、豆腐、ラスク、
その上は、海苔、みそ、1P500円とあるのはメンタイ

お店がなくなると、一箇所で全てまかまわれるれるのでしょう。
「なんでもやさん」  なぜかなつかしい光景でした

by mimishimizu3 | 2009-04-27 06:24 | 福岡
2009年 04月 24日
田川  炭坑節発祥の地
  月が 出た出た  月が出た
  三池炭鉱の   上に出た
  あんまり 煙突が 高いので
  さぞや お月さん  煙たかろ  サノヨイヨイ・・・

炭坑節はどなたもご存知でしょう。
その炭坑節が生まれたのは田川の炭鉱でした。


「あんまり煙突が高いので・・・」と歌われた 伊田竪抗煙突
炭鉱は閉山され、炭鉱に栄えた当時の面影はありませんが、明治41年に作られた、この煙突が残されたことは本当によかったです!
近くで見ると、確かにその大きさ、高さに圧倒されますが、私は煉瓦の美しさに見とれてしまいました。
美しいです。本物の赤煉瓦、形も色も、本当に美しいです。

f0103667_45915.jpg



旧三井田川抗伊田竪抗櫓
地下の石炭を巻き上げる機械、明治42年製だそうです。
明治期のものとしては国内最大
f0103667_572319.jpg



炭坑節の発祥の地は、自販機だって炭坑節(笑)
f0103667_585049.jpg



今ここは「田川石炭・歴史博物館」を含む公園として整備され、一部には遊具なども設置され、穏かな場所になっています。
けれど、ちょっとした小高いところに「韓国人慰霊碑」が建っています。
朝鮮半島から連れてこられ、ここで働かされ、無念のうちに亡くなって行ったたくさんの方がおられました。
慰霊碑は同胞の方が立てられたものです。碑文はハングルでしたので読めませんでしたが、近くにあった日本語訳を読んで見ますと、格調高い、名文で、切々と胸に迫るものがあります。
安らかにお眠りください・・・・

f0103667_51872.jpg



「女侠一代」
石炭・歴史博物館のロビーにあった映画のポスター
ド迫力に圧倒されました。
ネットで調べてみますと、昭和34年に作られている映画でした。
もう、炭鉱が衰退に向かっているときですね。
一升瓶をラッパのみ・・・清川虹子・・・・うってつけの映画でしたでしょう、
実際に上映されるようです。みてみたいと思いました。

f0103667_5313354.jpg


by mimishimizu3 | 2009-04-24 05:32 | 福岡
2009年 04月 23日
大地のかたち   池松一隆彫刻展
彫刻家、池松一隆氏の、福岡教育大学退官記念と銘打った展覧会が、田川市美術館で開かれています。

石の抽象彫刻
線の美しさ、かたちの優美さ、「石」という硬く、冷たい素材であるはずなのに、どの作品も柔らかな温かみが感じられます。
「大地のかたち」・・・見る人をほっとさせてくれる抽象彫刻でした。

美術館ですから、触ってはいけないものとばかり思って静かに歩いていると、係りの人が「触ってもいいのです、どうぞ、感触を味わってください。先生は触れてみてほしいといわれています」といわれました。それもうれしいことでした。


f0103667_4484574.jpg



見終わって帰ろうとしていると、私のカメラを見て、「よかったら写真をどうぞ・・・」
これにも驚きました。
普通、「撮影禁止」ですからね・・・
作者は写真も許可されているそうです。

自然の光が入る室内での展示は、彫刻にはうってつけ、より引き立つようでした。

f0103667_4572759.jpg



田川市美術館は、建物自体も美しいつくりです。
内部は教会を思わせる、ステンドグラスがありました。
f0103667_51314.jpg



外庭にある池松氏の作品  冬Dec89
f0103667_513887.jpg


by mimishimizu3 | 2009-04-23 05:06 | 福岡
2009年 04月 22日
初夏の海辺で・・
博多湾はもう初夏のようでした。


眠る男
大型フェリーが通ろうと、モーターボートが爆音を立てようと、「オレは眠る・・」

f0103667_1044433.jpg



おじいちゃん、取って・・
f0103667_10454464.jpg


by mimishimizu3 | 2009-04-22 10:46 | 福岡
2009年 04月 21日
サンショウの花
庭の隅のサンショウに目をやると、花が咲いていました。

サンショウに、こんな花が咲くなんて・・・・今まで知りませんでした。

数ミリの花・・・気づかない人も多いかもしれませんね。

f0103667_6471699.jpg


by mimishimizu3 | 2009-04-21 06:46 |
2009年 04月 20日
さくら散る頃
四月というには風の冷たすぎる日だった。

友人たちと別れると、私はバス停に向かった。
久しぶりの集まりで、楽しい食事会だった。だが、一人になると、食事の途中隣に座った古い友人が、「そうそう・・あなたも覚えているでしょう・・」とそっと私の耳に囁いた噂話を私は反芻していた。

それはもう20年以上昔のこと、ある友人が、10歳以上年下の男性と駆け落ちするという衝撃的な事を起こした。テレビドラマさながらのその事件は、一時期私たちの話題をさらった。夫も子どもも棄て、家を出て行った彼女の勇気ある行為は、そのころ、子育てに追われ、家庭に縛られていた同世代の女たちの心をゆさぶり、注目をあびるには充分の出来事だったのだ。
「子どもが可哀想よね」という言葉がよく言われ、私もそれに異論はなかった。だが、残された家族をおもいやるやさしさと、そんな事を起こした彼女への反感の裏に、しかし同時に、ある羨望と嫉妬とがあるのを、私は感じていた・・・
だが、いつのまにかそれも忘れられてゆき、そんな人がいたことさえ、私自身忘れていた。
その彼女を何十年ぶりかで見かけたというのだ。
「あんなにきれいだった人が、誰かわからないくらい老けちゃって・・・苦労したのね、きっと・・・」
その言葉はわたしの心に突き刺さった。

f0103667_151295.jpg


そのバス停は、○○学園前といい、いわゆる、「お嬢様学校」と世間で言われているところだった。
私はバス停の後にあるマンションの塀にもたれ、ぼんやり考え続けていた。人が人を愛するということ・・その頃、彼女が私に言った言葉を私は思い出していた・
「家を守って私が我慢していれば、私の家族は幸福かもしれない、でも、そうすると私は不幸なのよね。私が幸福になろうとしたら、家族は不幸になるかもしれない。どっちを取るかなのよ」

風が冷たく、私は上着の前をしっかりとあわせた。どこからか、桜の花びらがひらひらと舞ってきた。

「あのー、今何時かおしえていただけますか」
その声に我に返り、目の前を見た。いかにも良家のお嬢様という清楚な感じの美しい少女が立っていた。
私はあわてて時計を見た。「○○時何分よ」
そう答えると少女は「ありがとうございます」と丁寧にいい、お辞儀をし、バス停のそばに戻った。それはまさに礼儀正しい「お嬢様」の振舞いだった。
私はやはりその学校の世間での評価を思った。

バスはまだこなかった。
中年の女性がやってきた。見るともなく見ていると、先の少女がその人のそばにゆき、私にしたと全く同じことを言った。
「あのー、今何時か教えていただけますか・・」
私はオヤ、と思った。私に聞いてからまだ1分経つか経たないかである。私は私の答えが聞き取れなかったのでまた他の人に聞いたのかと思った。尋ねられた人も、“お嬢様”に丁寧に答えた。
そして、すぐ、また一人バス停に人が現れた。
すると、その少女はまた、その人に向かって全く同じことを言ったのだ。
「あのー今何時か教えていただけますか」
その人は時計を見、教えてあげた。それは私が答えたのと3分も経っていなかった。

私の次に答えた人が、ちらっと私を見た。お互いオヤっと思ったのを、目と目が語った。
私は考え事をそっちのけにして少女をみた。どう見てもしっかりした良家の少女である。その少女が数分間に3人もの人に同じことを繰り返すとはなんなのか・・・

f0103667_1543963.jpg


バスはなかなかこなかった。
少女は落ち着かない様子で、バス停の周りを行ったり来たりした。
その時である。
キイーと、急ブレーキが踏まれ、一台の車がバス停近くに止まった。
「ヘイ!!」
車を運転していたのは、外国の若い男性であった。
「〇〇子ちゃん!!」同時に、助手席の長い髪をなびかせた、鮮やかな真っ赤な口紅の美しい女性が呼んだ。
その途端、少女は「いや!!」と叫ぶと、反対側に向かっていきなり飛び出した。「アッ!」そこにいた誰もが息を呑み、思わず声を上げた。
一台の車が走ってきて「バカヤロウ!!」と、大きな怒鳴り声を発したのが、はっきりと聞こえた。

バス停に止まった車は急発進した。
みな、反対側を見た。奇跡としか言いようがないが、少女は車道を渡りきり、反対側を走っていた。
私たちは呆然とその場に立ち尽くした。

少女は、迎えに来る母親を待っていたのか・・・
その母親は、外国の青年の運転する車で現れた。その瞬間、少女は拒否して、車道に飛び出した・・・外国の青年は、母親の恋人ででもあるのだろうか・・・

心臓が激しく打った。少女の母親も、一人の「女」としての幸せと、「母親」としての狭間で揺れているに違いない。少女はこれからどうなってゆくのだろう・・・
私の乗るバスが来たとき、桜吹雪が激しく舞った。

by mimishimizu3 | 2009-04-20 01:56 | ショートストーリー
2009年 04月 19日
ムサシアブミ
f0103667_114346.jpg


by mimishimizu3 | 2009-04-19 11:06 |
2009年 04月 17日
小倉城
小倉井筒屋はすぐ隣が小倉城です。

小倉城はサクラの頃は素的でしょうが、サクラは終わっていたし・・・・残念でした。

今の小倉城は昭和34年に再建されたもの、椅子式階段昇降機が設置された、近代的な内部でした

f0103667_1055693.jpg


しゃちほこを上から眺めてみると・・・・
ユーモラスな顔をしています。
f0103667_1095497.jpg



おまけ

私が思い浮かべる連想ゲームです(笑)

小倉城といえば、最初の城主は・・・細川忠興・・・・・
細川忠興といえば・・・・・その正室は・・・・・細川ガラシャ
細川ガラシャといえば・・・・・その悲劇的な最後・・・・
明智光秀の娘として生まれ、本能寺の変にまきこまれ、クリスチャンとなり、最後は自害して果てた・・・

その辞世の歌は有名ですね。
 
    散りぬべき  時知りてこそ  世の中の

       花も花なれ   人も人なれ

細川忠興より約400年後の細川家の当主、先の首相、細川護熙氏が首相を辞めるとき、この歌を出されました。あの時、私は「なんか、ちょっとちがうんじゃない・・・」と思ったのですが・・・・
     

by mimishimizu3 | 2009-04-17 10:10 | 福岡