<   2012年 01月 ( 14 )   > この月の画像一覧

2012年 01月 30日
ヒメツルソバ
きっと  暖かい春の日に 風が吹き
ヒメツルソバの種が 
この狭い 暗い 小さな塀の隙間に
落とされていったのだろう

種は暗い中で 目を覚まし
懸命に根を生やし
光の方へ 光の方へ 茎を伸ばし・・

f0103667_9282133.jpg


冬の寒風が吹きすさび
雪催いの空の下で

ヒメツルソバは 花をさかせた

伸びようとする 意思
生きようとする 命

北風の中で ヒメツルソバは
静かに そして 
凛とした強さを持って
「命」を 語りかけている



おまけ

ある方のブログを訪問していましたら、素敵な言葉に出会いました

「こころを明るくするには、根拠なしに明るい未来を信じることです!」

根拠なしに・・・・なんと都合のいい、やさしい、暖かい言葉なのでしょう。
私も「根拠なしに、明るい未来を」信じることにしました!(^^)!!(^^)!

by mimishimizu3 | 2012-01-30 09:41 |
2012年 01月 28日
縁切り地蔵
縁結びの神様、というのはあちらこちらにあります。
「縁結び」という言葉を聞くだけで、暖かい出会い、出会ったカップルの幸せそうな姿まで思い描かれ、心がホコホコしてきます。

しかし、人間とは、そう簡単ではない、結構ややこしく難しいものです。
縁あって結ばれた二人が、その後うまく行かず、「縁を切りたい」と思うことだってあるでしょう。
離婚というのは、結婚より数倍の労力が要る、と聞いたことがありますが、確かに「縁を切る」というほうがさまざまな問題が山積して、難しいものかもしれません。

縁結びと反対に「縁切り地蔵」というお地蔵様が福岡の郊外にあります。
f0103667_91829100.jpg


ここでは「ある事情」とぼかしていますが、その事情とは、夫となるべき人が婚儀の直前、別の女と出奔し、それを悲しんだ新嫁がその場で自害して果てた、ということです。
それを哀れんだ土地の人が手厚く葬り、そこから男が別の女に惹かれていかないように・・・その女と別れてさせてあげてください・・という願望が、いつの間にか「縁切り地蔵」となったと言われています。

f0103667_9233264.jpg


ここにいくと、人間のすさまじい一面を見るような気がします。
この写真の「祈願書」の二人は、同姓でした。正式に結婚したカップルなのでしょう。堂々と本名を書いています。私がブログで出すにはいかがかとぼかしたのです。
いったいこの「祈願書」を書き、ここに持ってきて、お堂の中に貼ったのは誰なのでしょう。
この二人のどちらかなのか、あるいは夫の愛人なのか、妻の不倫の相手なのか・・・あるいは財産がらみの親族なのか・・・想像は膨らみます。
「縁切り」「縁切り」「縁切り」・・・とこれだけ青白い、不気味な情念を燃やしつづけて、何回も、何回も書き続けるのは相当の心の強さがなければできないことでしょう。

一方、人間が「縁」を切りたいのは何も人間関係だけとは限りません。
病気との縁も切りたい、薬物依存から逃れたい、暴力団との縁も切りたい・・・さまざまな切実な「縁切り」願望があります。
そうした「縁切り」の願いが狭く、決してきれいとは言えないお堂いっぱいに貼られています。

f0103667_9353553.jpg


私も病気との縁が切れますように・・・と祈ってきました。
私が行ったとき、ちょうど高齢の女性がが一心に祈っておられるところでした。祈りがすんでお話を伺ったところ、自分の腰痛から縁が切れますように、ということと、最近孫娘がバイクに凝っているので、バイクとの縁が切れますように、と祈っていたとのことでした。そしてこの「縁切り地蔵」さまは霊験あらたかだから、きっと願いをかなえてくれますよ、といわれました。
遠くは北海道、沖縄からもお参りがあるとのこと、縁結びはどこにでもあっても「縁きり」を願うところは少ないのでしょう。

皆様にはなにか「切りたい縁」がありますか。
そんなの何もない、といわれる方はきっと幸せな生活を送っていらっしゃるのでしょうね。

by mimishimizu3 | 2012-01-28 10:01 | 福岡
2012年 01月 25日
冬来たりなば 春遠からじ・・・
ただいま、二十四節気の「大寒」
その名のとおり、日本中が大寒波に見舞われているようです。
東京でも積雪があり、大きなニュースになりました。皆様のところはいかがですか。

福岡でも、ちらほらと風花が舞いましたけれど、積もるほどのことはなく、ただ、ただ暗く、寒い日が続いています。

そんな時、思い起こすのが

「冬来たりなば  春遠からじ・・・」

先日、ドウダンツツジが「角」を出しているのを見ました。
「角ぐむ・・・」

春はもうそこまで・・・・

厚い雪雲にもめげず、春を待つことといたしましょう。

f0103667_1043961.jpg


f0103667_10433181.jpg


by mimishimizu3 | 2012-01-25 10:46 | 季節の挨拶
2012年 01月 22日
冬のあじさい
誇りやかに 
咲き競った日々もあった

それは そう遠くない過去の日

f0103667_1614195.jpg


今 色も香りも失い
見る人もなく 藪影に
息を潜めて 枯れてゆく

冬のあじさい


omake・・・・・
竹林の隅に、赤い実の付いた枝が捨てられてありました。
少しばかり拾ってきて、玄関に飾りました。

ヒヨドリジョウゴではないかな、と思うのですが・・・・
もし間違っていたら、教えてください。

f0103667_16163319.jpg


by mimishimizu3 | 2012-01-22 16:09 |
2012年 01月 21日
南蔵院 五百羅漢
篠栗南蔵院には五百羅漢もあります。
五百羅漢は一人一人の顔としぐさを見ているだけでも楽しいです。
特にここのはユーモラスの羅漢様が多いようでした。


f0103667_1791191.jpg



f0103667_1793025.jpg



f0103667_1794828.jpg



f0103667_1710743.jpg


羅漢様といえば、私は以前見た、田中絹代主演の古い映画を思い出します。
昭和27年に製作された、「西鶴一代女」
溝口健二監督のものです。
冒頭、夜の女にまで、落ちぶれてた主人公が、荒れ寺の羅漢像を眺め、かって関係があった男の顔に重ね合わせていく、そこから一気に回想場面になってゆき、純情な乙女が運命に翻弄され、人生の階段を落ちてゆくさまが描かれます。
封建制社会への痛烈な批判とともに、悲しい女の物語、そして田中絹代の名演技が印象に残りました。
羅漢様は本当によく見ると誰かの顔に似ているのかもしれません。

by mimishimizu3 | 2012-01-21 17:19 | 福岡
2012年 01月 19日
篠栗南蔵院 涅槃像
福岡市内からさほど遠くない篠栗の南蔵院というお寺に、ブロンズ製としては世界最大と言われている涅槃像があります。
全長41メートル、高さ11メートル、重さ300トンだそうです。
暖かな日,久しぶりに外出しました。


涅槃像全体
大きすぎてカメラに収まらないくらいです。
f0103667_1072675.jpg


2
仏足跡、爪の裏
f0103667_1081595.jpg



仏足跡全体はこうなっています。
色々意味があるのでしょうが、説明文を読んでもよくわかりませんでした(笑)
f0103667_1093665.jpg



特に法輪のところを拡大してみると・・・・
あれあれ・・・こんなところにも5円玉が・・・
f0103667_10102637.jpg



お釈迦様ははいいお顔をしていらっしゃいます。
飛行機雲に見守られながら、穏やかな、平和なときをすごしておられるのでしょう。
こころがふーと軽くなっていくようでした。
f0103667_1013877.jpg


by mimishimizu3 | 2012-01-19 10:14 | 福岡
2012年 01月 17日
童話 月とウサギと鐘 後編
昨日の続きです。
昨日の分を読まれてない方は前編からお読みくださいますようお願いいたします。


 三日月とウサギと鐘は家の外に出ました。外は気持ちのいい風が吹いていました。空にはほんもののお月さまがこうこうと輝いています。村は静かで物音もしません。
 三日月とウサギと鐘は並んでテラスに出ました。ウサギの長い足が鐘にちょっと触れました。
 その時です。鐘がやさしい音をだしたのです。「あっ、鐘さん、いい音!」ウサギは思わずそういうとうっとりと聞き入ってしましました。「本当だ、きれいな音ですね」三日月もうっとりしました。
「ウサギさん、もうすこし私に触れてくれませんか」と鐘がいいました。ウサギはあんまりすてきな音だったでもっと聞きたくなり、長い手で鐘にそっとさわりました。すると、鐘はさっきよりもっとやさしい、美しい音色をだしたのです。それだけではありません。ウサギがぽん、ぽん、と鐘のあちこちをやさしくさわると、すばらしい音楽がかなでられたのです。
 それは、それまで誰もきいたことのないような、澄んだ、美しい音楽でした。誰の心をも暖かいものにして、もし、悪い心を持った人がいたら、その悪いものを流してしまうほどの音楽でした。
 その音楽は夜の風に乗って流れていきました。クロウナガンさんのかなり離れた隣の家から人が出てきて、びっくりしたように鐘を見つめました。「なんて美しい音楽なんだろう!」隣の人はそういうと、涙を流しました。  そして、しばらく鐘の音楽に聞き入っていたかと思うと、家に行き、パンとりんごを持ってきてクロウナガンさんにあげてほしいと、鐘の前におきました。
 次の夜、ウサギと鐘の作り出す音楽は隣の村にも届きました。隣の村から人がやってきて、みなうっとりと音楽に聞き入っていました。そして多くの人が、クロウナガンさんのために、パンやチーズや牛乳やりんごを鐘の前においていきました。
 クロウナガンさんは、それらのパンやチーズやりんごを食べて、だんだんと元気を快復していきました。
ウサギと鐘と三日月の評判はどんどん広まっていきました。遠いところからも人がたくさん鐘の音楽を聞きにくるようになりました。そして、食べ物だけではなくお金を置いていく人もあらわれました。

 クロウナガンさんはすっかり元気になりました。すると粘土をたくさん買いこんできたのです。もっともっと鐘を作って、音楽を鳴らし、もっともっとお金もうけをしようという心が起こってしまったのです。
 クロウナガンさんは鐘とウサギをたくさん作りました。
 でも、クロウナガンさんがいくら一生懸命、鐘とウサギを作っても、どの鐘もウサギも動きません。「いのち」がないのです。それもそのはず、音楽をかなでた鐘とウサギと三日月はほんもののお月さまから「いのち」をいただいたから音楽がかなでられたのです。それはクロウナガンさんを本当に愛したウサギと鐘と三日月を、ほんもののお月さまが見届けてくださったからなのです。
 いくら作っても音楽を出さないと判るとクロウナガンさんは怒りだしました。そして、「そんなもの出て行け!」と怒鳴りました。
 ちょうど満月になっていました。
 空のお月様はクロウナガンさんの家の窓を覗き込み、ため息をつきました。そして、あの時と同じような光の帯をすーと、クロウナガンさんの家の窓にさしいれると、音楽を奏でたウサギと三日月をすくい上げ、ひかりの帯に乗せ、空高く、自分のところまで運びました。三日月はほんもののお月様の中に入り、お月様の一部になりました。ウサギもお月様の体のなかにはいりこみました。お月様に抱かれてウサギは今でも元気です。
 鐘はどうなったでしょう?
 鐘は、音楽も出さないまま、クロウナガンさんの家の庭にいまでもいます。ただ、月が出るとなんとなく、悲しそうに泣くような声がきこえるといううわさがいつのころからかたつようになりました。
 クロウナガンさん?クロウナガンさんがその後どうなったか、誰も知りません。月とウサギが本物のお月様のところに行ったその日から、クロウナガンさんの姿は誰も見たことがないのです。どうしているのでしょうねえ・・・

by mimishimizu3 | 2012-01-17 15:59 | 童話
2012年 01月 16日
月とウサギと鐘
童話。
月とウサギと鐘。前編

 むかし、イギリスのある小さな村のはずれに、クロウナガンという男の人が一人で住んでいました。クロウナガンさんは彫刻家でした。
 彫刻家というのは、粘土や石や木でいろいろなものをつくり、形にしていく人のことです。クロウナガンさんも、粘土で形を作り、石膏(せっこう)で型を取り、ブロンズという金属で仕上げていっていました。
 クロウナガンさんがよく作るものは、月とウサギと鐘でした。月はまあるい満月よりも、三日月が好きでした。 ウサギもつくりました。でも、クロウナガンさんのつくるウサギは本物のウサギとはだいぶ違っていました。手も足も長いのです。胴体も長く、顔と耳はウサギらしいのですが全体はなんだかウサギらしくないウサギでした。鐘も好きでした。教会の屋根にあるような鐘をていねいに作りました。
 
 でも、クロウナガンさんははじめから彫刻家になったわけではないのです。小さい頃から粘土遊びの好きだったクロウナガンさんはお父さんにいいました。「私は彫刻家になりたいのです」。するとおとうさんはすぐにいいました。「ダメだ。彫刻家になんてなったって、食べていくことはできない。おまえは法律家になりなさい」
 クロウナガンさんは法律の勉強をしました。学校を出て、お父さんの言いつけどおり法律家になりました。でも、ちっとも楽しくないのです。夜、空に浮かぶお月さまを眺めては、三日月を作りたいと思い、野原に出かけ、元気にぴょんぴょん飛ぶ野うさぎをみては、ウサギをつくりたいと思いました。教会があると、その屋根をみあげ、鐘をじっと見つめていました。
 とうとうクロウナガンさんは我慢できなくなり、法律家をやめ、いなかの小さな家に引っ越してきました。
それまでためたお金でなんとか生活しながら、こつこつと月とウサギと鐘を作っていたのです。
 けれど、クロウナガンさんの持っていたお金はどんどん減っていきました。毎日、少しのパンとチーズしか食べられません。クロウナガンさんは日増しに痩せていきました。それでも、クロウナガンさんは幸せでした。月を作り、ウサギを月の上に乗せました。鐘も作りました。鐘は月の後ろに置き、月を見守るようにしました。

 ある日のことです。ウサギの耳をていねいになでている時、クロウナガンさんはふぅっとあたりがぼんやりかすんでいることに気づきました。あたりが夕方のように暗くなってしまったのです。クロウナガンさんはそれはめまいというものだと思いました。食べるものがあまりないので、体が弱ってしまったのです。
クロウナガンさんはやっとの思いで、自分のベッドまで這っていきました。そしてそのまま重い病気になってしまったのです。

 夜になりました。空に明るい月が顔をだしました。今日は満月です。空のお月様はクロウナガンさんの家の窓をのぞき、石膏の三日月をじっと眺めました。そしていいました。「石膏の三日月さん、クロウナガンさんを助けて上げなさい」そうしてお月様は体をふっとゆすりました。
 すると、そこから大きな光の帯が出て、夜空を流れ、クロウナガンさんの家の三日月に入ったのです!三日月はびっくりしました。いのちが入ったのです。口もきけるようになっていました。
 三日月は隣にいるウサギに声をかけました。「ウサギさん、ウサギさん」。すると、ウサギもまた、それまでただの石膏のウサギだったのが、たちまち生きたウサギのようになったのです。ウサギは目をぱちくりさせて、三日月を見ました。「まあ、わたしたち、お話ができるんですね」ウサギがうれしくってたまらずそういうと、その声でこんどは鐘が目を覚ましました。「私は鐘ですが、仲間に入れてください」
 それから三日月とウサギと鐘はクロウナガンさんのことをはなしました。
 「クロウナガンさん、病気になってしまったようです。どうしたらいいでしょう」三日月がそういうと、ウサギがいいました。「食べるものがあるといいんですけどねー」鐘がいいました。「なんとか私たちで手にいれられないでしょうか」
 それを聞いていた空のお月さまが三日月にいいました。「外に出てごらんなさい」
 三日月はびっくりしました。家の外に出られるなんてそれまで考えたこともなかったのです。三日月はそっと体を動かしてみました。動きました!それを見てウサギもそっと体を動かして見ました。動けました!三日月とウサギはそろそろと家の外に出ようとしました。「私を置いていかないでくださいよー」と鐘が言いました。鐘も体を動かしてみました。動きました!

続きは明日・・・

by mimishimizu3 | 2012-01-16 16:26 | 童話
2012年 01月 14日
滝と赤い橋
福岡、篠栗南蔵院にて
滝に見とれる坊やよりも、お孫さん?の手をしっかり握っているおじいちゃまの姿が印象的でした。

f0103667_9212649.jpg


by mimishimizu3 | 2012-01-14 09:25 |
2012年 01月 11日
鎮守の森
風もなく、穏やかな日であった。こういう日を冬晴れと呼ぶのだろうと思いつつ、私は午後、散歩をかねて近くの神社まで行った。
小さな神社は、この地域の守り神、後ろに森を背負い、まさに「鎮守の森」である。
私は暖かな日差しを浴びて、しばしそこに佇んだ。
この景色は昔、幼いころの私が見た景色と変わりはない。「鎮守の森」はどこにでもあった光景なのだ。
目を閉じた。
ふと少女たちの笑い声が聞こえたような気がした。この神社の境内で遊んでいるのだ。着ているものは貧しかったが、生き生きとした声があふれていた。
それは昔の私たちの姿であった。
その頃、近所の子どもたちは、学年が異なっても、よく一緒になって遊んだ。公園などない時代、遊び場所に困ることはなかったが、それでも広い神社の境内などが多かった。
私たちはよくゴムとびをした。輪ゴムを鎖のように2メートル近く結び、その両端を持つ人と、ゴムをとび超えるものにわかれ、ゴムをだんだんと高くしてゆく遊びである。

f0103667_10413995.jpg

私は、運動神経がなく、誰もが普通に飛び越えられる高さでもつまずき、飛び越えることができなかった。個人だけでするときはそれでもよかった。私だけが恥ずかしい思いをすればいいのだから・・・
でも二手に別れどちらの組がうまく飛べるかを競う段になると、私はみんなの邪魔者であった。私が入るとその組は必ず負けるとわかっていたからである。
遊び仲間のリーダー格は2年年上のS子ちゃんであった。

あるとき、あの時は何人ぐらいの仲間がいたのだろうか、7,8人はいたのだと思う、S子ちゃんがみなの前で我慢がならないというふうに邪険に私に言った。
「〇〇ちゃん(私のこと)、あんた帰り、もう遊んであげないよ、あんたが入ると負けるじゃん、いつもいつも負けるじゃん、あんたなんかいないほうがいいよ、帰り!」

私は黙って下を向いた。不思議に涙は出てこなかった。そういう言葉はいつか言われるかもしれないと心のどこかで思っていたのかもしれない。

私は皆からはなれ、神社の石段に座った。皆は私を無視してしばらくゴムとびをしていたが、やがてS子ちゃんが皆に言った。「かえっろう~面白くないじゃん・・・」
皆はいっせいに駆出しその場からいなくなった。

私は一人、ぽつんと神社の石段に座り続けた。
哀しみが徐々に私を覆ってきた。一人になると静かに涙がほほを伝った。
涙をぬぐうこともなく私はぼんやりと空を見上げた。いつの間にか夕焼けが空を染め始めていた。私はただ、夕焼けを見詰め続けた。
透明な哀しみが、白い結晶になって、心の底に静かに落ちてゆくようだった。
あたりが薄暗くなりかけて、私はやっと腰を上げた。家に帰らなければ・・・

私は立ち上がり、歩き出した。そのとき、ふと石段の隅にセーターが置いてあるのに気づいた。それはS子ちゃんが着ていたセーターだった。遊んでいるうち、暑くなって脱いでいったものだろう。
私はそのセーターを手に取った。S子ちゃんの家は私の家からそう遠くはない。届けなければ・・・・・そう思って手にしたセーターだったが、ふと私はそこで立ち止まった。
「あんたが入ると負けるじゃん、いつもいつも負けるじゃん、あんたなんかいないほうがいいよ、帰り!」と言う声がこだまのように私の頭に鳴り響いた。

結局、私はそのセーターをそこに置いたまま家に帰った。
幼いながら、私は自分の心の中に、黒い、邪悪な塊があるのを知った。
哀しみの白い結晶と、邪悪な黒い塊は、碁石の白と黒の石のようになって、私の心の中に沈殿していった。

その後、S子ちゃんとどんな関係が続いていったのか、不思議なことに記憶がまったくない。家も近かったのだから、その後も関係が途絶えることはなかったと思うが、私の思い出のページはそこまでしかないのだ。
f0103667_1042746.jpg

しかし・・・
人生とは時にまったく思いもかけないことが起こるものだ。

それから何十年立った頃だろう。私はふるさとを離れ、遠い、遠い地に住むようになっていた。
母が病気で入院したという知らせが入り、私は久しぶりにふるさとに帰ったことがあった。
母は、私がいたころにはなかった△△病院に入院しているというので、私は教えられたとおり、実家からはそう遠くない病院に行った。
ガラスを多用した、明るい清潔感あふれる病院であった。
玄関を入り、私はきょろきょろとあたりを見回した。病室にはどうやっていくのだろう・・・
そのとき「〇〇ちゃん」という声がした。私の名前であるけれど、私は自分のこととは思わず、案内表示を探していた。
「〇〇ちゃん!!」
いきなり肩をたたかれた。私はぎょっとして振り返った。
ブルーの制服を着て、三角巾を頭にかぶり、モップを持った掃除をする人が私を見てにこにこ笑っていた。
その人はさも懐かしそうに、「よく来たねえ・・・」といった。「オバサンが入院したと聞いたからあんたがくると思って待っていたんだよ」

私はきょとんとした。誰だろう、この人は・・・・
顔を見ても私には誰か思い出せなかった。人間違いだろう、私がそう思ったとき、その私の心を察したのかその人は行った。
「S子だよう、よくいっしょに遊んだじゃん、あたし、あんたをかわいがってあげたじゃん・・・」

そういわれ、私はその人の顔をもう一度まじまじと見た。そういわれれば、日焼けで黒くなり、しわも出てきた顔の中にも、昔のS子ちゃんの面影がどことなくあった。
私は混乱した。S子ちゃんとわかっても、昔の幼馴染にすぐには抱きつけない私がいた。「あんたをかわいがってあげたじゃん・・・・」その言葉に私は戸惑った。
S子ちゃんは私が困った顔をしているのを見ると、母のところに早く行きたいのに、自分が引き止めているとでも思ったのか、「オバサンの病室は☓☓号室だよ、はやく行ってやり」といった。

後から聞いた話によると、S子ちゃんは私の母にとてもよくしてくれたらしい。仕事が済むと、よく母の病室に来て「〇〇ちゃん」といって、私のことも懐かしそうに話していったとか・・・入院中の母はどれだけ慰められたか知れないといい、私にいい友達を持ったね、といった。
S子ちゃんは本当にやさしいいい人だったのだろう。あの時、私を否定する言葉を投げつけたのも、あまりにも私がゴムとびができず、いらいらしてしまったからついつい出てしまった言葉なのかもしれない。
しかし、言ったほうは忘れても、言われたほうは忘れることはなかなかできないものだ。

あの時感じた私の哀しみは本当の哀しみだったし、S子ちゃんが私を否定したことも事実なのだ。
そう思ったとき、私はふと、ずっと心の底にしまいこんできた碁石のような白い玉と黒い玉がすーと浮かび上がってくるような気がした。

そのときの母の病気はたいしたことなく、私は早々に福岡に戻ることにした。
帰る前、私はあの「鎮守の森」に行ってみた。
あたりの様子は私の子供のころとなんら変わっていなかった。
f0103667_10423288.jpg

私はすーと大きく息を吸うと今度は思いっきり大きく息を吐き出した。
吐き出した息の中に、私が心の底にしまいこんできた碁石のような白い玉と黒い玉があるような気がした。
二つの玉は風船のように風に乗り、「鎮守の森」に吸い込まれていった・・・
鎮守の森はその二つの玉をそっと抱え込んでくれ、私はやっと幼いときの自分から解放されたのを知った。

by mimishimizu3 | 2012-01-11 10:57 | エッセイ