2010年 05月 10日
愚陀佛庵(ぐだぶつあん)   窓№47
明治28年、夏目漱石は松山に中学校の教師として赴任します。

愚陀佛庵と名づけた下宿には、一高の同級生であった正岡子規が一緒に住むことになります。
一緒に住んだのは50日間ぐらいの短い間だったようですが、その間、句会を催し、松山の文学に大きな足跡を残すことになりました。

今の愚陀佛庵は、昭和20年戦災で消失したものを昭和57年、復元したものだそうです。

新緑の中、歴史を見つめ、大きな役割を果たした窓が静に周囲と溶け合っていました。

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                                   2010,3,28

by mimishimizu3 | 2010-05-10 06:51 |


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